第102話 追跡の顛末。

「悲鳴とかではないんだけど、『待ってー!』とかいう切羽詰まったような女性の声はかすかにだけれど聞こえたような気がする」


 緒方巡査の姿が見えなくなってから駐在所の周囲に聞き込みを行ったところ、このような証言が得られた。



 この女性の声が緒方巡査の物であるという保証はないが、もしそうだとしたら、いろいろと状況が想像できる。



 最初は、忽然といなくなっていた状況から、大きなワゴン車かなにかに無理やり乗せられて拉致られたのかもしれないと思っていた。


 そうであれば、助けを呼ぶ声やら、言い争うような声が周囲に聞こえるレベルの音量で発せられていると思われる。


 だが、それはないようだ。


『待ってー!』と緒方巡査が言っているという事は、何かを追いかけていたという事が予想できる。




 何を追った?



 指名手配の犯人が突然駐在所前を通りかかったところを目にして追ったとかの状況等が想像できるが、夜暗いところで人の顔は判別できないだろうし。


 犯人や被疑者などの捕縛対象者であれば、徒歩で分が悪いと思えば警察官の教育を受けているものとして、直ぐに駐在所に戻って応援を呼ぶなりするだろう。


 追っていった先で反撃にあって動けない状況になった?


 いや、それならば争う声なり音なりが周囲に聞こえるはず。


 血の臭いとかがすればさすがにハヌーの鼻が反応するはず。





 ならば。



 犯人の類などではなくて、何か保護対象のような相手なのか?


 例えば、「うちに泥棒がいるんです! 早く来てください! こっちです!」などと駐在所に駆け込んだ人がいて、その人の後を追ったとか?


 いや、それでも、呼び止めて名前や住所を聞くなりはするだろう。




 迷子が駐在所に来て「おかあさーん!」とか言って走って行った?


 いや、夜の21時過ぎにこんな田舎で迷子になるような子供はいないか。

 

 これは無理がありすぎる。






 うーん、状況の特定が出来ない。


 まあ、自分一人で考えていても仕方がない。


 ここは、素直にこの情報を無線で流し、上司や同僚の知恵と機動力を信じることとしよう。



◇ ◇ ◇ ◇


――15分後。


『――機動警ら1より各員。国道70号県境配備中も不審車両等なし! どうぞ!』


『――交通31より各員。『樹海の道』配備中。同じく不審車両等なし! どうぞ!』


 ふむ、県境や他市町村に出る道はおおむね緊急配備がが張られているが不審な車はひっかっかっていないらしい。


『――駅前移動より各員。丸舘駅及びその周辺検索中、異常なし。どうぞ!』


『――圭城移動より各員。飲食店繁華街検索中。ケンカトラブル1件あるも該当事案に関連なし。どうぞ!』



 市内のめぼしいところも交番の警察官が巡回して探してくれているようだ。


 そろそろ緒方巡査の姿を最後に確認してから1時間経つ。不在を確認してからは30分だ。


 オレたちがコンビニに向かったのがだいたい21時10分ころ。そして買い物を終えて戻ってきたのが21時40分頃だ。そして今は22時10分。


 聞き込みして得た緒方巡査らしき声のあったのはだいたい21時35分よりちょっと前とのこと。


 情報提供者は正確な時間を覚えてはいなかったが、声が聞こえた時に見ていたテレビドラマの放送されていたシーンは覚えていた為、そこから時間が導き出された。


 つまり、所在不明になってから35分経過したと思われるということ。


 ただし、これは例の声が緒方巡査の物であったらという仮定の希望的な観測であって、不明な最大値は60分になる。


 この25分の違いは結構大きく、具体的に言うのならば、1時間という時間経過はそろそろ丸舘署単独の捜査網から、全県各署に加えて隣県隣接地管轄の署にまで捜査範囲を広げる必要があるという事。


 駐在所近隣の聞き込みと検索を一通り周り終えたオレたちは、これ以上外をうろついていても効果がないと判断し、駐在所に戻ることにした。













◇ ◇ ◇ ◇






「もー、おっほいおー遅いよー!」





 へ?




 緒方巡査は駐在所の前にいた。



「もー、もほっへひはあ戻ってきたらはぎひまっふぇて鍵締まっていてふぁれももどってふぉない誰も戻ってこないんだもん! あ、ルンひゃんもはへふ食べる?」


 そして、焼き芋を口にほおばって大きな紙袋を抱えていた。



「お、緒方巡査? おまえ、何やってるんだ?」


 ごくんとほおばった焼き芋を嚥下した緒方巡査が語りだす。



「武藤巡査長たちがお買い物に出かけた後、お腹減りすぎちゃって眩暈がしてきまして。カップ麺食べようとしていたら、なんと目の前の道路を石焼きいもの車が通っていくじゃないですか! しかも、音も立てないで電飾も消したまま! これは! 売れ残りを安く買えるチャンスだと思って追っかけて、ようやく追いついたんですよ!

そしたら、案の定、今日の営業は終わって帰る途中だったらしくて、聞いて下さいよ! その焼き芋屋さん、なんと近所の方で、ちょうど家の車庫に焼き芋の車入れたところだったんですー! いやー、ぎりぎりセーフでしたよー! しかも制服見てサービスしてもらっちゃって、ほら、こんなにたくさん! これで千円ですよ! さあ、冷めないうちにみんなで食べましょう! え? 武藤巡査長? ルンちゃん? ハヌーまでどうしたの? そんな不思議そうな顔して? あ、もしかして焼き芋嫌いでした?」






 なんじゃそりゃーーーーーーーーー!!!!!!




 



 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る