第101話 行方は何処。

『――……武藤、了解だ。お前はそのまま駐在所で待機していろ。どうぞ。』


「――いえ、本官も捜索に出ます。出させてください!」



 恩田課長からは待機していろと言われたが、黙ってなんぞいられない。


 緒方巡査をこのような状況に合わせてしまったのには自分にも責任の一端がある。




 せめて、駐在所の施錠を促しておけば。


 せめて、ハヌーも留守番に置いていけば。


 田舎のこの時間でも営業しているピザの宅配にしていれば。



 この事態を避けることが出来たであろう選択肢の数々が頭をよぎる。


 だが、今そんなことを考えて言えても事態は一切好転しない。


 時計の針は、元には戻せないのだから。




 ふと顔を上げると、心配で泣きそうな顔をしたルンと目が合う。


 緒方巡査はルンにとって家族も同然。


 この地球に飛ばされて、知り合いも誰もいない見知らぬ地で、どれほど不安だったろうか。


 そんな状況で、親身になってくれて仲よくなった緒方巡査に身の危険が迫っている。


 平常でいられるわけがないだろう。



「よし、ルン。捜索に行くぞ。まずは近所の聞き込みからだ」


「うん! 行こう! 晴兄ちゃん!」


「キュー!」





 深く深呼吸をして少し落ち着く。


 こんな時、慌てたら間違う。


 それは、決して長くはないが数年の警察官生活で身についた教訓だった。



 今すぐにでも飛び出していきたい気持ちを抑え、


 上着を脱ぎ、装着には結構な手間がかかる防弾チョッキを着用する。


 何があるかわからない時こそ、準備は万端でなくてはならない。


 今回の場合、犯人は緒方巡査から奪い取った拳銃を所持している可能性が非常に高い。


 もちろん、ルンにも防弾チョッキ着用を命じており、今は部屋で着替えている。


 ハヌーにも……タヌキ用の防弾チョッキはないな……。




 拳銃の弾倉を開いて残弾数を確認。


 オレの支給されている拳銃はS&Wスミス&ウエッソン


 弾倉には6発入るタイプのリボルバー式だ。


 

 オレたち警察官が支給される実弾の数は5発。


 通常は、事故防止のために一発目の弾倉は空にしてセットされており、実際に弾丸を射撃するためには引き金を2回引く必要がある。


 だが、今回はその一瞬の遅れが致命的な遅れに繋がる恐れがあるため、初射で弾丸を発射できるようにリボルバーを回して調整する。


 拳銃の調整が終わると、ルンが防弾チョッキを付け終えて部屋から出てきた。



「晴兄ちゃん。志穂姉の気配を探れるかやってみたんだけれど、それらしき気配は見つからないの……」


 そうだ。そういえば、ルンは人の持つ感情の気配をある程度察知することが出来たんだ。


 個人を特定することは出来なくても、置かれた状況などを勘案すればある程度の目安をもって検索できる。


 この場合、悪者に攫われたと思われる緒方巡査の状況を考えてみると、その心は恐怖に染まっている可能性が高い。


 ルンも、命の危険を感じるほどの恐怖の感情を探ってみたようだが、そのような気配はこの丸舘市内には該当がないようだ。

 

 なお、その感知範囲は大体半径5㎞ほどで、丸舘市のほとんどがその範囲内に含まれてはいるのだが、当然、ルンから距離が遠くなるほどその正確度は下がっていくため、確実に市内にいないという確証が得られたわけではないが、近くにいないことは確かなようだ。


 オレたちがコンビニに出発した時間から45分程が経過している。


 この時間で、徒歩で5㎞以上移動することは、走れば不可能ではないだろうが考えにくい。


 ということは、やはり車に乗せられたか?


 車で45分もあれば、市内から出ていてもおかしくはない。


 制限速度を超過して移動していれば、県境を越えて隣の赤林県にもそろそろ突入するころだろうか。


 いや、先ほどの無線で市内には緊急配備が掛かっているから、そんな大幅に速度超過した車なら逆に目立ってすでに発見なり確保されているはずだ。


 ならば、まだ市内のどこかにいるのだろう。



 そんな予想を立てながら、オレとルン、ハヌーは駐在所近辺の聞き込みに回る。


 ハヌーの鼻でにおいをたどらせてもみたが、なにか他の臭いが充満していてよくわからないようだ。


 時計は夜の22時を回っている。


 こんな時間に警察官が家庭を訪問するなど、まごうことなく苦情の対象だ。


 だが、今は緊急事態。


 窓の奥に電気の光が見える家を探して呼び鈴を押す。


 なにか、不審な物音とか、女性の悲鳴とか、言い争うような声とかはなかったでしょうか? と恐縮しながらも質問して回る。


 10数件の家を回るも、何かあったんですかとお決まりのお返事はあるが、望んでいるような目撃や、悲鳴などを聞いたという答えはまだない。


 そんな聞き込みを続けていると、


「あー、悲鳴とかではないんだけど、『待ってー!』とかいう切羽詰まったような女性の声はかすかにだけれど聞こえたような気がする」


 といった証言が得られた。


 証言が得られた家は、比較的大きな通り沿い。


 その声に交じって、車のエンジンの音も聞こえていたらしいとのこと。



 これは、有力な情報だ。


 この声の主が緒方巡査だとして、一体何が起きていたのだろう?



 





 



 


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