第100話 失踪。
「おーい、緒方巡査ー、メシだぞー」
忙しい一日を終え、ルンと一緒にその日の夕食をコンビニに買いに行って戻ったとき、駐在所の中に緒方巡査の姿はなかった。
「いないな? トイレかな?」
「晴兄ちゃん? でりかしい!」
「ああ、すまんすまん。でも、どこ行ったんだろう?」
「いちおうトイレとか見てくるねー」
「おう」
あれ? 緒方巡査の机の上にはお湯が入ってフタをした状態のカップラーメンが置いてある。
あいつ、オレたちが帰ってくるの待てなかったのかな?
よっぽど腹減ってたんだな。
でも、この状態で席を外すかな?
「晴兄ちゃん、志穂姉トイレにいなかったよ?」
駐在所の入り口のガラス戸の鍵は開いていた。
自分の官舎に戻ったのかな?
でも、そうなら施錠はするだろうし、カップラーメンをこのまま放置していくことはないだろう。
「どれ、官舎の方を見てくるか。ハヌーも来い。」
ルンはまだオレたちの官舎の方までは軽トラから離れることはできないので、仕方なくオレが様子を見に行くことにする。
本来、女性の家にオレが訪ねるのは遠慮したいのだが。
男一人じゃないよという言い訳でハヌーも連れていく。
で、駐在所から徒歩10歩の緒方巡査の官舎の前に来たが、家の電気はついていない。
寝たのかな? と思い一応スマホに電話を入れてみる。
すると、なにやら駐在所の方から着信音が聞こえてくる。
なんだ、すれ違いで駐在所に戻ってたのかと思い戻ってみると――
「晴兄ちゃん! 志穂姉のスマホがここに放置されてるよ!」
そこにあったのは、カップラーメンが置かれていた机とワンセットの椅子の上に放置されている緒方巡査のスマホだった。
なんだ? この状況は。
駐在所の玄関は施錠されないまま。
これから食べようとしていたカップラーメン。
駐在所内に放置されたスマホ。
そして本人はどこにもいない。
これは、なにか施錠する時間もないくらいの緊急事態でも発生したか?
緒方巡査の無線機は机の上に置かれている。
スマホを持つ余裕もなかったのだ。無線機を装着する暇もなかったのだろう。
と、なると連絡の取りようがない。
なにかとてつもなく嫌な予感がしてきたオレは、念のため拳銃庫を確認する。
やはり――
緒方巡査は、拳銃を携行したままの状態だ。
何かの緊急事態。
それに対処するために急いで駐在所を出たのか。
だが、この駐在所にはパトカー軽トラ以外に車両はない。
徒歩だったらその辺にいるはずだ。
だが、この近辺には緒方巡査どころか人の気配すらない。
失踪……?
いや、あの緒方巡査が晩飯を食わないまま姿をくらませることはない。
なら……攫われた?
オレの背中に寒気が走り、一瞬で体中が冷や汗に覆われた。
まずい! まずい! まずい!!!
いくら警察官とはいえ、緒方巡査はうら若き女性。
それが、拳銃ごとなにものかに攫われたとしたら!?
悪い奴が拳銃を奪おうと警察官を襲う事件は毎年のように日本のどこかで発生している。
拳銃はホルダーに入っているほかにも、容易に切断できないひもでがっちりと帯革に固定されているから、スリのようにするっと拳銃だけを奪うのはほぼ不可能である。
拳銃が警察官の身体から離れないのならば、警察官ごと攫えばいいと考えるやつもいるかもしれない。
そして、その拳銃の所有者は若き女性。
拳銃を奪い取る過程でひもの括り付けられたベルトが取り外されるのは必然で、その後半裸に近い丸腰の女性を、拳銃を持った悪人がどのように扱うかは火を見るよりも明らかだ。
オレは慌てて署内系の無線機の通話ボタンを押す!
「――緊急! 上中岡から丸舘署!」
『――丸舘当直です、どうぞ!』
「――当駐在所緒方巡査の姿見えず! 制服着用、拳銃所持状態! スマホも無線機も所持していない状況。30分前には姿を確認しているがどこにいるのか全く手掛かりのない状況! 捜索願う! どうぞ!」
『――丸舘当直了解! 武藤! 緒方の車は?! どうぞ!』
「――公用車、私用車ともに敷地内に所在を確認! 徒歩、もしくは第3者の車両等に乗っている可能性高いと思われます! どうぞ!」
『――機動警ら
「――全く予想つかず! お願いします! どうぞ!」
『――当直長の恩田だ! 各車、各移動、緊急配備発令だ! 併せて全署員招集をかける! 各員! 初動で決めるぞ!』
『『『『――了解!!』』』』
さすが経験豊富な警察官の皆さんだ。
事の重大さを一瞬で理解して適切な手配や行動を行ってくれる。
『――武藤! 恩田だ! 緒方がいなくなったときの状況を、なんでもいい! 気づいたこと全て無線で周知しろ! どうぞ!』
「――了解!」
オレはその後、無線に向かって一心不乱にしゃべり続けた。
オレたちがコンビニに夕飯を買いに出かけた時刻と戻ってきた時刻。
戻ってきた時の駐在所内の様子。
それらすべての状況が、緒方巡査の身に良からぬことが起こっていることを想起させ、目には見えないが無線機の向こうの各署員は色めき立っている様子が伝わってくる。
『――……武藤、了解だ。お前はそのまま駐在所で待機していろ。どうぞ。』
「――いえ、本官も捜索に出ます。出させてください!」
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