第99話 黒い靄。
ギギギッ……ギギギッ……
「お、おは……よう……」
「おはようございます! 武藤巡査長? どうしたんですか? ロボットみたいな擬音つけて登場して?」
「晴兄ちゃん? 動きが変だよ?」
「キュー?」
「筋肉痛だ……」
昨日、某ショッピングセンターに現れた刃物男を制圧した。
その時はアドレナリンとやらが出ていたのかなにも変わりはなかったのだが、緊張の糸が途切れたとたんに体中に疲労感が襲ってきた。
それで、一晩経ったらこのありさまである。
それほど体を酷使したつもりはないのだが、やはり実戦となればいろいろと負荷がかかっていたのだろう。ここ近年にない筋肉痛だ。
機動隊の警備実施訓練のときもここまでではなかったのに!
「あーあ、巡査長も年ですかね?」
「オレはまだまだ若いぞ! まだ20代だ!」
「人族でも20歳代ならまだ若いと言えますよ?」
ん? ルンよ、人族ってなんだ? ああ、
「獣人族さんやドワーフさんなんて200歳越えてる人もいるってききましたからね。エルフさんなんて500歳くらいもいるんじゃないですかね?」
うーん、さすが異世界。こっちの基準だけで物事を考えているとルンとの間に何か齟齬が起きてしまうかもしれないな。ルンを困らせないように気を付けなければ。
「そういえば、異世界の話で思い出したが、昨日犯人を確保したときに黒い
「んー、見たことはないし、聞いたこともないかなー」
「地球でもあんなことはありませんよね。警察学校でも習ったことないですし!」
緒方巡査よ。お前の言うことは間違いではないが、なにかズレている。断言しよう。
「あ! わたしも異世界で思い出しました! あのときルンちゃんが武藤巡査長に何か魔法かけてましたよね! その筋肉痛って、それの後遺症とかじゃないんですか?」
うむ、緒方巡査よ。前言撤回だ。その指摘は正解だと思う。
「ふぇ? わたしのせいで晴兄ちゃん筋肉痛なの? ごめーん! だって、向こうじゃセヴル兄たち全然そんなことなかったから! そんなことになるなんて知らなかったのー!」
うん、という事はオレってルンの実の兄ちゃんより虚弱ってことだよね? まあそれは当然か。なにせ向こうは本物の冒険者なのだから。比べる方が間違っているのさ。フン。
『――丸舘地域より市内巡回中の各署員! 市内○×町△番地にてケンカの通報! 至急向かわれたし! なお、通報によると該当者は飲酒している模様!』
署内系の無線機から事件発生を知らせる音声。
「おっと、事件だな。この様子だとオレたちは出なくても――」
トゥルルルルルルルル!
「はい! 上中岡駐在所です!」
駐在所内の電話が鳴り、緒方巡査が応対する。
「武藤巡査長、万引きの通報です。近所のスーパーマーケット、被疑者は高齢の女性とのことです」
「はいはい、これは行かなくちゃならないだろうな――」
この日、万引きで出動したオレたちは、その後も車の当て逃げや空き巣、駐車場での車上狙いなどの犯罪の処理に追われることになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……やっと、終わった」
「はあ、駐在所が懐かしく感じる……」
「きょうは疲れましたね!」
「キュー……」
昼飯を食う暇もなく、いつのまにか筋肉痛の痛みも忘れあちらこちらへと動き回り、駐在所に戻ってきたのは夜の21時を過ぎた時間であった。
「お腹すいたー! 武藤巡査長! 買い置きのカップラーメン2個ください!」
「2個って、ハヌーの分もか?」
「ちがいます! どっちも私の分です!」
「若い女性がそれでいいのか」
「いいんです! いまからお米炊くなんて待っていられません!」
「じゃあ待ってろ。オレがコンビニ行ってくるから。適当な弁当とおにぎり、お茶でいいか?」
「ビールもおなしゃっす!」
「はあ、それじゃ私服に着替えないとな。まあ、オレも飲みたかったし」
「あ、わたしもコンビニ行きたいです! 着替えてきますね!」
軽トラからある程度離れられるようになったルンは、コンビニをとても気に入っていた。
「ルンちゃんも行くの? じゃあわたしも行こうかなー? でも着替えるのめんどいなー」
「おいおい、まだ何があるかわからん。緒方巡査は留守番しててくれ」
「うえーん、武藤巡査長がいじめるー」
「はいはい、直ぐ買ってくるから待ってなさい」
「あ、あったら焼肉弁当で!」
「うん! わかったよ志穂姉ちゃん!」
「キュー!」
オレとルンは二人でハヌーを連れてコンビニに向かい、大量の夕食と飲み物類を買った。
ハヌーはコンビニには入れないので置いていこうと思ったが、すでに乗り込んでしまっていたのでそのまま出発し、買い物中は助手席で留守番させた。
「それにしてもルン。今日もあの黒い靄が出たな。オレたち以外の人にも見えている人がいたようだけど」
「うん、なんなんだろうね、あの靄。何か悪いものが抜けて行ったって感覚はあるんだけどなー。あ、そういえば、ダンジョンで魔物を倒した時に似てたかもー」
話を聞くと、ダンジョンのなかでは地上と違って倒した魔物は死体が残らず、霧になって消えるのだそうだ。
うーん、ダンジョンかー。最近
やっぱなにか関係あるのかもな。
「「ただいまー(キュー)」」
そして駐在所に着いたその時、
そこに緒方巡査の姿はなかった。
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