第96話 丸舘市刃物男事件②
「走らないで避難してくださーい! 押さないで! 落ち着いて!」
オレはショッピングセンターの入り口から入り、半ばパニックになっている客の避難誘導をしつつ、犯人のいる場所へと急いでいる。
「刃物を持った男はどこにいますか!」
サービスカウンターで青い顔をしている、制服を着た女性の店員さんに問いかける。
「はっ、はいっ! 食料品売り場の! 奥の方! ですっ!」
うーん、こういう場合店員さんも避難誘導に努めて欲しいところだが、いかんせん田舎ではこんな経験はなかっただろうからなー。
すっかりパニくっている店員さんを尻目に食品レジを通り抜け、売り場の奥へと向かう。お酒売り場のあたりだな。
その向こうには、店の警備員や男の店員さんたちが円を描くように一人の男を取り巻いているのが見えてきた。
さすがに警備員はそれなりに対応できているようだな。
何人かはさす股を持って刃物男に向けている。
その取り巻きの中央には、刃物を持った男が。
警察の制服を着たオレがその場に現れると、店員たちはあからさまにほっとした表情でこっちを見てくる。
「皆さん、もう少し離れてください。さす股を持った人はもっと遠巻きに。」
さすがに素人さんを刃物男の矢面に立たせるわけにはいかないが、さす股を持った人は貴重な戦力だ。
せめて応援が来るまでは十重二十重に取り囲んでくれるだけのことはお願いしたい。
オレは刃物男の視界に入るように、おもむろに男の正面に回り込んでわざとゆっくり歩を進める。
警察の制服を見て、男はハッとした様子だ。
まずは犯人の動きに即応できるよう若干腰を下ろしてゆるく膝を曲げる。
そしてなるべく刺激しないように相手の観察を始める。
男は決して清潔とは言えない感じだ。衣服も薄汚れてこの距離でも体臭がしてくる。
酒の臭いもしてくる。酔っぱらっている可能性が高い。
右手にナイフのようなものを持っているが、その刃先はこちらに向けてはいない。
よし、明確な他害の意思はまだないようだな。
刃先は斜め上に向けていて、男の目線と同様、ゆらゆらと揺れている。
目線は警察官のオレから目をそらすように、だがどうしても気になってしまうのか、チラチラとこちらにも意識を向けてきているのがわかる。
その様子から、酒は入っているが理性は残っているようだな。
これは、言葉が通じそうだ。
説得できるかもしれない。
「こんにちは。今日はお買い物ですか?」
努めて明るく、いかにも世間話のように話しかけてみる。
こういったとき、犯人の予測する一言目は「武器を捨てろ!」だろう。
そこをあえてずらしてみる。
自分を捕まえに来たであろう存在が、威圧ではなく普通の挨拶をしてくるのだ。
戸惑って隙が出来ればいいし、興奮とか害意とかがまぎれてくれればしめたものだ。
「あっ……ああ、ううと……」
人は、話しかけられると返事を返さなければならないのではという意識が働く。
この犯人もその意識を持ったようで、何やら返答しようとしているが言葉にならないようだ。
周囲を見回すと、一般客は全員この売り場から避難したようだ。
あとは取り巻いている男の店員さんや警備員が6人ほどで、警察の応援はまだ来ない。
このまま時間を稼いで応援を待って確保だな、などと考えていたその時、
「う……う……おあああああああああああああああ!!!」
突然、刃物男が叫び始めた!
そして、刃物を振りかざしてまっすぐオレの方に向かってくる!
まずい!
オレはとっさに左前半身に構え、男が右手で振り下ろす刃物に対し、左手でその持ち手を受け流すように払い、距離を取る。
警察学校でさんざん仕込まれた逮捕術の動きを無意識のうちにおこない、合気道のように相手の攻撃を受け流したのだ。
やはり、訓練って必要なんだなって改めて思ったな。
「皆さん! 逃げて!」
なぜかは分からないが、刃物男が突然狂暴になってしまったので、いくら警備員たちとは言え一般人を危険にさらすわけにはいかない。
ここはオレがこの男を抑えなければ。
ただ、一つ問題がある。
オレは今日、油断して防刃衣を装備するのを忘れていたのだ!
一撃のもらいどころが悪ければ一撃死だ。
さて、なかなかの無理ゲーだな。
改めて刃物男を観察する。
先ほどまでと一転し、目は血走り興奮して息が荒い。
なにより、一番違っている点は、身体の周りに黒いモヤのようなものがまとわりついていることだ。
おいおい、なんだこのエフェクトは。
これって映画とかアニメとかゲームでよく見るやつじゃねえの?
現実世界でこんなもんが見えるなんてあり得るのか?
って、まあ、ルンとかハヌーとかの件があるからこんなのもアリになるんだろうな。
なんて脳内で思考を巡らせていると、男は刃物を腰だめに構えてこちらに突進してきた!
これはまずい!
拳銃を発砲するか?
いや、間に合わない!
とっさに身体を半身ずらして刃物の刃先を避ける!
オレの右横を通過した男が振り返り、さらなる追撃を加えようと刃物を構える。
オレは男に身体を正対させようと振り向くも、無理な体制でよけた為バランスを崩してしまっている。
ピンチだ。
パパパパパパパ―――――――ァ!
その時、緒方巡査が運転する軽トラがクラクションを鳴らしながらルンとハヌーを乗せて店内に突入してきた!
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