第87話 緊急配備②

『ひき逃げ』とは。


 交通事故で人身事故を起こしたにも関わらす、救護措置をせずにその場から立ち去る犯罪である。


 言わずと知れた重要犯罪であり、速やかな検挙が求められる事案である。


「あちゃー、せっかく遊びに来たのについてねえなあ。緊配緊急配備出るんだろ? じゃあ俺はまた出直してくるわ。じゃあな! おつかれルンちゃん! あとついでに武藤と緒方!」


「「「お疲れ様です」」」


「おーう」


 そう言って恩田課長は帰って行った。




 駐在所内の無線受信機では、事件の詳細の続報が告げられている。


「――事故現場は丸舘市内、中町〇番〇号、国道〇号線上の中町第3交差点。市役所方面から進行し、緋外町方面に左折した所で横断していた自転車の高齢女性を撥ね、そのまま逃走した模様。目撃者あるも車種、ナンバー不明。白のRV車と思われる。運転者は20代くらいの男性。緊急配備発動されたし。繰り返す。緊急配備発動されたし。」


 逃走方向は緋外町方面か。こっちとは逆の方向になるが、だからと言って緊急配備に行かないわけにはいかない。


 緊急配備とは。


 自署管内、または近隣署の管内で重要事件が発生した際に、国道などの交通の要所に警察官を配備させ、管内から外部への逃走を阻止するとともに迅速な参考人確保を目指した配置で、網を張るとも言う。


 これが発動された場合、各課や交番、駐在所員は各々配備に着く場所が事前に決められており、これによって指示系統の混乱を招くことなく迅速な配備を可能にしている。


「オレ達は上中岡丁字路だな。出るぞ!」


「「はい!」」


 オレ達は急いで装備を整え、軽トラに飛び乗ってパトランプを乗せて点灯させる。



「――上中岡移動より晴田本部、丸舘地域。緊配出発、配備地点上中岡丁字路。どうぞ」


「――晴田本部了解」


「――丸舘地域了解」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 オレ達は緊急配備の配備先に到着する。


 到着と同時に赤色灯を消す。

  

 これは、パトカーの姿を見て犯人がUターンして逃走してしまう事を防止するためである。まあ、事件の内容によってはわざと点灯したままにしたり、サイレンも鳴らしたりもするのだが。



「ふう、到着したのはいいですけど、犯人が逃げたのと逆方向ですよね? ここにいてもあんまり意味ないような気がしますぅ」


「まあそう言うな。引っかからなくても、配備することに意味があるんだ」


「そうなんですか?」


「わからん。言ってみただけだ」


「なんですかそれ」


「ふふ、二人とも仲いいですね」


「「いや、これは……」」




 そんな緊張感のないやり取りをしつつ、配備して待機時間の2時間を過ぎようとしていたころ、


「はあ。やっぱり来ませんでしたね。予想通りです。」


「これもお仕事のうちだ。じゃあ、帰るとするか……待て!」



 オレの目に、左前部場バンパーをへこませた白のRV車が飛び込んできた。

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