第86話 緊急配備①

 交通安全教室から数日後、あれからも平和な日々が続いていた。


「ずるずるずる。ほれにひてもそれにしてもはのへいとらのはねとばひあの軽トラの撥ね飛ばしは、いったひなんだったんでふかねいったいなんだったんですかね。ずるずる」


「食いながらしゃべるんじゃない。ルンはマネしちゃだめだぞ?」


「ふぁい。ずるずる」


「こらこら」


 見てわかるとおり、今はお昼ご飯中。なかおか屋からの出前を食べている。

 今日はみんな揃ってネギみそラーメンだ。


 軽トラからの移動範囲が拡大されたルンは、いつもの自室ではなくオレ達の執務机の前にある簡易テーブルに座っている。


 やっぱり、同じ部屋とはいえ、オレ達の執務机から離れた自室で食事を摂っているのは少し寂しかったようだ。


 近くの席で食事を摂るルンの様子は嬉しそうで何よりだ。


 

 ラーメンを食べ終わり、ルンが給湯室でみんなのどんぶりを洗ってくれている。


 行動範囲が広がって、これまでできなかったいろんなことが出来るようになったのがうれしくて、とにかく何でも働きたがるのだ。


 緒方巡査は軽トラのドクダミ―君の撥ね飛ばしの事を気にしているようだが、オレにとってはシフトレバーに新たに現れた2番目のボタン――『オーバーザトップ』ボタンの方が気になる。


 なんせ、いきなり物理的に不思議カスタマイズされてしまったのだ。

 しかも、それを押すと軽トラらしからぬハイスピード仕様。


 なにかしらの異世界か神様がらみの不思議パワーなのだろうとは思うが、なぜにそれが軽トラにもたらされたのかが全くの謎なのだ。





 そんなことを考えているとき、駐在所の駐車場に本署の捜査用車(刑事課の覆面パトカー)が現れる。



「いよー! ルンちゃん元気? これ差し入れな!」


 やはりというか、刑事課長の恩田さんである。


 最近、幹部の皆様はお忙しいのかあまり駐在所に顔を出さなくなった。


 一番来所頻度の高い恩田課長でも1週間ぶりだ。



「課長、お忙しいみたいですね」


「ああ、世の中ダンジョンだなんだでにぎわっているが、オレ達は普通の横領事件でてんやわんやだ。いいのか悪いのかわからんがな。まあ、人死にが出ないのはいいことだ」


 そうなのだ。我が署管内ではいまだダンジョンの発生報告はないが、ダンジョンの発生した他の署の管内では、ダンジョンに突入して負傷したり、帰ってこなくなる行方不明事案や、魔物にやられて死亡した事案も1件や2件ではない。


 他の署に配属になった同期から聞いた話では、地域課兼ダンジョン課に配属された人員は休み返上で働いていても追いつかないのだとか。


 それを思えば、こうして出前のラーメンをすすっていられる自分たちの境遇は恵まれているのだろう。


 恩田課長の差し入れのたい焼きをさっそく頬張っている緒方巡査とルンは、あんこと小麦の皮を咀嚼しながらオレ達の話を聞いている。


 そんな昼下がりのまったりとした時間に――――



  ビリリリリリリリリリリリリ


 駐在所に備えられている県内系の広域無線受信機から、警報音が響き渡る!


「――晴田本部から丸舘交通! 丸舘地域!」


「――丸舘交通です! どうぞ!」


「――市民からの110番通報! ひき逃げ事件発生! 至急、緊急配備されたし!」



 どうやら、大きな事件が起こってしまったようである。

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