第83話 交通安全教室②

「くまさんは間違ってないよ!」


 そんな声を上げる子が1名。


 その声は、ちょうど一瞬の静寂の中で放たれたため、大勢の声に紛らわせて聞き流してしまう事はできなかった。


 困惑する長谷川交通巡視員。


 このままその声を無視して話を先に進めるのか。


 数秒間そんな葛藤をした長谷川さんだったが、いたいけな子供の声を無視することはできなかったようだ。


「じゃあ、そこのアディオスの服を着た眼鏡の男の子! くまさんが間違っていないのは、なんでかな~?」


 必死の業務用スマイルでひねくれたガキに話を振る。


「だって、ここ道路じゃないじゃん! グラウンドに車なんか来ないんだから、手なんか上げなくてもいいじゃんか!」


 おおう、典型的な理屈っぽいガキだなおい。


 クラスにはこういうやつが一人か二人はいたもんだったよな。

 

 ちょっと頭のいいガキが、周りに妙なマウントを取りたくてこういうことを言うのだろう。 



 だが、これは集団の和を乱す行為でもある。


 全体主義が色濃く残るこの日本、しかも田舎にあっては白い目で見られてしまう事になってしまう。


 正しい事を大声で言う事が、この国では必ずしも正解ではないのだ。

 発言には周りの空気を読むというスキルが必要な世知辛い世の中なのである。


 どうにかしてこの子にそのことをわかってもらいたいなと思い、オレはウサギの着ぐるみを来た緒方巡査の元にさりげなく歩み寄り、一言二言耳打ちして軽トラパトカーに向かう。


 軽トラに向かう途中で、同じく校長先生にも耳打ち。承諾を得られたオレは、着ぐるみのまま軽トラの運転席に乗り込んだ。


「どうしたんですか?」


 助手席には、パンダの着ぐるみを着たルンがおり、突然運転席に戻ってきたオレに訝し気に問いかける。


「なーに、交通社会を舐めているいたいけな少年に体験学習させようかと思ってね」



 そのころ、グラウンドではウサギ着ぐるみの緒方巡査がなにやら長谷川巡視員に耳打ちし、打ち合わせは無事終わったようだ。


「はーい、じゃあ、ほんとうにくまさんがまちがっていなかったのか、そこの男の子にも体験してもらいましょう! はいはい、こっちの横断歩道の前まで来てくれるかな?」


 長谷川さんはそう言って、さっきの生意気発言をしたガキをグラウンドに描かれた横断歩道の前まで引っ張ってくる。


 その光景を見ながら、校長先生はほかの先生にも耳打ちしており、どうやらオレがこれから行う事は先生たち全員に共有されているようだ。


 生意気なガキは注目を浴びるのがうれしいのか、意気揚々と前に出てきていた。


「じゃあ、正しいと思うやり方で、この横断歩道を渡ってもらいましょうか!」


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