第82話 交通安全教室①

「はーい! 横断歩道を渡るときはどうするのかな~?」


「「「「手をあげる~~~~~!!!」」」」


「はーい! よくできました~!」



 今、オレ達は上中岡小学校にいる。


 そう、小学校の交通安全教室の真っ最中だ。




 子供たちに横断歩道の渡り方を教えているのは、交通巡視員の長谷川さんだ。


 オレ達は地元の駐在所員ということで同行しているというわけだ。



「はーい、じゃあ、今度はくまさんが横断歩道を渡りますね~。みんな、くまさんが安全に道路を渡れるかどうか、見ててあげてね~」


「「「「はーい!」」」」




 くまさん。



 交通安全のマスコット、クマの着ぐるみだ。


 着ぐるみと聞いて、何を想像するだろうか?


 そう、中に人がいることだ。



 で、そのくまさんの中の人はというと、


 オレだ。



 オレはこれから、子供たちの前で悪い見本を見せる。


 さすがに、警察官の制服を着て悪い見本をするのは子供たちに混乱をもたらしてしまう可能性がある。


 そのための『着ぐるみ』だ。



 今のオレは、警察官でもなんでもない。


 ただの、交通ルールをよく知らないくまさんなのだ。


 だから、横断歩道なんて渡らない。


 右も見ないし、左も見ない。


 手なんて上げない。まあ、クマなら手じゃなく前足になるのだろうが、そんな細かいことはどうでもいい。




「ちょっと! むとう……くまさん!」



 ん?  

 


 長谷川巡視員がこっちに駆け寄ってくる。


「せめて横断歩道を渡って下さい! あんまり間違いが多いと子供たちが混乱します!(ひそひそ)」


「ああ、そういうことか。すまない。やりすぎた(ひそひそ)」




「はーい、ちょっと、くまさんみんなの前で緊張しているのかな~? 今度はちゃんと横断歩道を渡るからね~。みんな、しっかり見ててね~!」




 オレは視界のきかない着ぐるみのわずかな隙間から、グラウンドの中に石灰の白線で描かれた横断歩道を探す。


 無事に横断歩道を見つけ、左右もろくに見ないで、手も上げずに渡りだす!



「「「「「あ~! くまさんいけないんだ~!」」」」」



 途端に子供たちが騒ぎ出す。うん、ちゃんと気づいてくれたみたいだな。



「はーい、今のくまさんの渡りかた、正しかったかな~?」


「「「「「まちがってる~!」」」」」


「そうだね! じゃあ、どこが間違っていたか、わかるひと!」


「「「「「はい! はい!」」」」」


 子供たちが我こそはと競って手を上げて発言しようとしている。うん、ほほえましい光景だ。

 

「ん~、じゃあ、そこの黄色い服の女の子! どこが間違っていたかな?」


「はい! くまさんは、手を上げないで、おうだんほどうを、渡ったのがいけないと思います!」


「は~い! よくわかったね~! そうだね~。くまさん、手を上げなかったね~。他には~? わかる人~!」


 そんなときだった。


「くまさんは間違ってないよ!」


 そんな声をあげる子供が1名、現れた。

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