第79話 美魔女のウインク
万引きで補導された女子高生を迎えに来たその父親が、娘を平手打ちした。
駐在所内の空気が凍てつくが、その空気を打破してくれたのはルンだった。
交通指導隊員の制服に着替えて自室から顔を出したルンは、移動距離制限のせいでその場から動けないのにも関わらず、よく澄んで通る声でこういった。
「叱ってくれる人がいることを喜んでね。叱ってもらえた自分を誇りに思ってね。そして、叱ってくれた人の気持ちに思いを巡らせれば、決して同じ間違いはしないはずだから。間違う自分とは、さっきの愛のムチで別離したのよ? さあ、今からあなたの、あたらしい人生よ!」
そう言われた女子高生は両目から夥しいほどの量の涙を流し、嗚咽する。
盗んでごめんなさいと。
そして、おとうちゃん、ごめんなさいと。
そして、父親もそんな娘の頭を抱き、仕事仕事ってほったらかしてすまなかったと。
今度、一緒にお母ちゃんのお墓参り行こうなと。
駐在所の中は涙、涙の饗宴と化す。
ひとしきり泣いて落ち着いた女子高生は、「捕まえて頂いてありがとうございました」と、父親と共に頭を下げ、駐在所を後にした。
女子高生の顔は化粧が涙で流されて割と悲惨なことになっていたのだが、感動の場面でそのことを指摘できる人間は幸いここにはいなかった。
「はあ……、ルンちゃんの言葉って心に沁みるわね……。前途ある少年たちにはルンちゃんの慈愛が必要だわね。よし、これから補導の取り調べはこの駐在所でやるからね! 武藤ちゃん! よろしくね」
川原さんはそう言ってオレにウインクをかましてくる。この人、40過ぎてるのに美人なもんだから少しどぎまぎしてしまうのだ。ちなみに川原補導員は独身である。
それを見ていた緒方巡査が少し膨れているが、武藤巡査長はそれには気づかない。
そのすべてを察した川原補導員は、緒方巡査に向かって「あなたも頑張んなさい」とよくわからぬ助言をし、駐在所を後にする。
なにやら、嵐が過ぎ去ったかのような駐在所の中。
そこで、ふと我に帰る。
「そういえば、さっきなにか『大変だ』とか言ってなかったか?」
「「そうなんです!!」」
話を聞くと、たこ焼きが熱かっただの、ドアをあけたら風が気持ちよかっただの、なんだか要領を得ない話から始まり、事の次第を最初から全て時系列で話していく緒方巡査。いくら女性の話が長いとはいえ、これでは警察官としていかがなものか。
で、結局最後まで辛抱づよく聞いた結果として、
ルンが、軽トラから5m以上離れても何ともなかったという話であった。
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