第72話 オーバー・ザ・トップ

「くっ……! 引き離される……」


 オレは軽トラのアクセルを全開に踏んでいるのだが、何しろ敵はフェア〇ディZ。みるみるうちに引き離され、直線だからいいようなものの、すこしでもカーブになればあっという間に見失ってしまうだろう。

 まあ、直線だからこそ車のパワーの差が如実に出ているのだろうが。 


 それでも、軽トラでここまで食い下がったのは我ながらすごいと思う。パトカー仕様のこの軽トラ、無線やら赤色灯やらは追加されたがエンジン等はそのままだったはずなのに。


 それでもたたき出した速度は110㎞/hオーバー。軽トラハイスピード選手権でもあれば上位に食い込めるのではないかという速度で走っている。


 軽トラのエンジンはうなりを上げ、車体はガタガタとなって今にも空中分解するのではないかと思えるほどだ。


 ……ダメだ。やはり、軽自動車で3000CCの排気量を持つ車に勝てるわけがない。


 そんなことを思った時だった。


魔道具軽トラさん、頑張って! あのままじゃあの人ぶつかって死んじゃうかも! 助けてあげないと!」


 ルンが軽トラを応援する。その応援は、違反者を捕まえるというよりも救ってあげなければという慈愛にあふれた想いであり、「大物を捕まえたらヒャッハーだぜ」なんて思っていたオレがとっても恥ずかしくなってしまった。


 そのルンの応援の言葉が終わるや否や、オレの左手親指、オートマのギアレバーに掛けていた手の中に感じる違和感。


 あれ? なんでここにボタンがあるんだ?


 左手の親指の場所にあるボタンは、オートマ車が軽いエンジンブレーキを掛けたりするときに使うオーバードライブ(O/D)のボタン。

 そのボタンの下に、新たなボタンの手触りが。


 そして、なんとなくではあるが、「このボタンを押してもいいよ」「いや、押さなければいけないんだよ」といった言葉にもならないような心の動きが自分の頭の中に発生したような気がして―――


 オレは、そのボタンを押した。



  BROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!



「ふぇええ~、風になってますぅ~~!」


「何だこの加速は!!!!」


「晴兄ちゃん! すっごい! 角イノシシより速いよ!」


 途端に軽トラは速度を上げ、一気にフェア〇ディに迫っていった!


 その時の速度計は、


「140㎞/hオーバーだと!」


 なんと、軽トラに標準装備の最大時速140㎞/hまで計測できる速度計のメーターを余裕で振り切っていた。


「なんで軽トラのくせに140㎞/hまであるんだよ」とその速度計に突っ込みを入れたことがある人も多いだろう。


 軽トラをバカにした者たちに告ぐ。


 いま、軽トラは――


 スポーツカーを超えた。

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