第69話 検挙数ゼロ

 熊岱市でのダンジョン調査が終わってからというもの、この駐在所では平穏な日々が続いていた。

 

 平穏というのはいいことだ。何といってもオレの仕事は警察官なのだから。

 こんな田舎の駐在所でそうそう大きな事件など起きることはない。


 まあ、言い換えれば、ぶっちゃけヒマなのだ。


 

 そんな平日の午後――



「たいへんです! 武藤巡査長!」


 業務日誌をペラペラめくっていた緒方巡査が何やら騒ぎ始めた。


「どうした?」


「今月の実績のことです! わたしたち、今月交通犯の検挙数ゼロですよ! あああ、どうしよう……。今日から何件いけるかな……?」


 交通犯とは、俗にいう「交通違反切符」の事である。


 速度レーダー計測機器を使った速度取り締まりや、シートベルト非着装、交差点での信号無視の検挙など、警察活動において最も有名と言っても過言ではない活動であり、そして、最も市民に嫌われる活動でもある。





 よく市井では、「警察官は交通切符にノルマがある」という噂がある。

 

 所謂警察官はノルマを達成するために必死で交通切符を切るために、だまし討ちみたいな取り締まりをやっているんだろうという風評である。


 で、このノルマ。実際にあるのかというと、実はそんなものは存在しない。


 ならば、すべてのお巡りさんは、真に市民の交通安全を願い、交通事故防止のために心を鬼にして、自発的に嫌われ役を担って違反者を検挙しているのかというと、それがすべてというわけでもない。


 なら、いったいどういうことなのか。

 

 たしかに交通切符のノルマというものは存在しない。

 だったら、交通切符は切らなくてもいいのか? と言われると、答えはノーになるだろう。


 なぜならば、ノルマはないけど、一枚も切符を切っていない警察官は、ぶっちゃけた話「お前、仕事してるの?」と周りから思われてしまうのだ!

 

 いや、実際にそう思われてしまうかはわからないが、少なくとも、そのように思われるんじゃないかという意識が本人の中に芽生えるのは確かなのである。


 特に、駐在所の所属なんて、下手すれば「毎日座っているだけだろ」みたいな目で見られているのかもしれないのだ! 


 これは、いち警察官として、いや、いち社会人としても由々しき事態である。

 仕事に燃えているわけではないとしても、警察官なのに給料泥棒などと揶揄されるのは人としてのプライドが許さないのだ!






 そうか、言われてみれば、オレも今月交通犯はゼロだったな。




「よし、交通パトロールに出かけるか。ルンも一緒に行くか?」


「「はい!」」

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