第47話 うちの旦那が異世界にいっちゃったようです①

―佐藤秋美 視点— 


 夕食の支度をしている最中、私のスマホの無料通話アプリの着信音が鳴る。


 珍しい。テキストメッセージはたまに子供たちから来るが、音声通話はめったにない。


 見ると、夫からの着信だ。なんだろう、この忙しい時に。


「もしもし?」


『もしもし! オレだ! 心配かけてすまん!』


「……はぁ?」


『落ち着いて聞いてくれ! オレはしばらく帰れなくなったが、とりあえずは無事だから安心しろ!』


 何を言っているんだろうこの人は。何かの冗談なのかしら? いえ、でもこの時間だったら、はやく晩酌したくてこんなことをする暇があったらまっすぐ帰ってくるはずよね?


『話せば長くなる! 信じられないかもしれないが、落ち着いて聞いてくれ!』


 まだこの冗談を続けるのだろうか? こっちは味噌汁の鍋の火を止めてまで通話にでてあげているのに。

 あ、もしかして、いきなり残業になったとか。たしかに、いつもならそろそろ帰ってきててももいい時間だし。


「……何言ってるの? 残業? それとも急な出張? 夕飯いらないってこと?」


 それとも出張なのかしら。もうご飯支度しているのに! そうならそうともっと早く言って欲しいものだわ。 


『……ところで、そっちって今何時?』


 今度はいきなり時間を聞いてきた。あーもう面倒くさい。


「そっちとかこっちとかよくわからないけど。18:30頃よ?」


  

 私が面倒くさがりながらも現在の時刻を告げると、夫は電話口の向こうで何やら絶句し、少し時間を置いてから、なにやら不思議なことを言い始めた。


 なんかいろいろわからない言葉が出てきたけれど、どうやら夫は会社から帰る途中でどこかに飛ばれてしまったらしい。飛ばされたと聞いて、左遷されたのかしらと思った私は悪くないはずだ。

 で、そのどこかとは、『いせかい』というらしくて東京でもハワイでも月面でもなく、新幹線でも飛行機でも、宇宙ロケットでも行けないし帰ってこられない所なんだとか。 


「じゃあ、会社はどうするの? 給料もらえなくなるってこと? 生活費や子供たちの学費どうするの?」


 思わず聞いてしまった。こんな時は夫の身の上を心配するのが先だとは思いつつも、聞かずにはいられなかった。


 だって、現にこうして通話はできるのだ。そんな状況で、いきなり家に帰れなくなったと言われても現実感なんてない。

 こんな通話をしながらも、「冗談でした~! びっくりした?」などと今にも玄関の戸を開けて帰ってきそうではないか。







――結局、その日を境に夫は帰ってはこなかった。



 

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