第37話 奔流

「うん。なんて言ったらいいのかわからないけど……。とてつもないものがあの場所に流れ込んでいたみたい……。そして……その中に……一瞬だけど、わたしも見えたの」


 ルンが自信なげに語り出す。


「最初に感じたのは戸惑いと驚き。たぶん、この世界の人のだと思う。そして、すぐにその場から感情が一切消えた。たぶん、その本人もその場から消えたんだと思う。だから、私の代わり? に私のいた世界に飛ばされちゃった人の感情だと思うの」


 ふむ、なるほど。予想していたとはいえ、これで軽トラごと失踪した人物はあの場所でいなくなったことが裏付けられるな。とはいっても従来の日本ではあくまでも個人の見解とか予想の範疇と見做されるから、この通り報告したとしても証拠証言とはならない。

 

 だが、諸々のルンに対する国家規模と思われる対応の速さ。国と言う組織がルンが異世界から来たと認識しているのであれば話は別で、今後は有力な証言となるのかもしれない。まあ、それにはルンの『精神操作魔法』の件も暴露する必要があるわけだが。


「で、消えちゃったその先に、私の元の世界が一瞬だけ見えたの。私が、水たまりに落ちる瞬間の感情。なんか、自分の感情を外から見るのって不思議な感じだった。」


 例えるなら、知らないうちに撮影された自分の動画を見るような感じなのだろうか?


「で、そのあと、私を探そうとするセヴル兄たちの感情も一瞬見えて……。そこで、感知の領域を目いっぱい広げちゃったんだ。」


 そうか、向こうの、兄妹たちの名残。それをもっと見たいと思うのは自然なことだ。


「そうしたら、なんか。とてつもないもの? イメージの奔流みたいな感じの、あ、例えるなら、志穂ねえちゃんに見せてもらった『ねっとどうが?』 みたいなのが何百も直接頭の中に入り込んでくるとでもいうのかな? そんな感覚がしたと思ったらそこから意識が無くなっちゃった」


 医師は『知恵熱』みたいな症状と言っていた。おそらくは、そのイメージの奔流がルンの脳に過大な負担をかけたのではないか?


「あ、それでね。その膨大なイメージみたいなものの中に、晴にいちゃんの『けいとら』とおなじような魔道具が一瞬見えたり、あとは……『ぎゃー』とか『うわー』とか『※にあえー』とかいう叫びみたいな意識と……それとは別の意識で……『ひ♯ひ♯り♯くる※のつい▼ひ♯ひ♯り♯※ほう』……っ! だめだ。思い出せない……」


「いい、ルン。無理するな」


 無理に思い出そうとすればまた発熱するかもしれない。


 今日のところはゆっくり休ませよう。


 その後、駆け付けてくれた恩田課長の奥様と緒方巡査にルンの付き添いをお願いし、オレは自分の官舎に戻った。


 

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