第30話 トーチャン

「『かんぱい』って……あ! 祝いの乾杯Prost!の事ね!? で、なんの乾杯なの?」


「それはもちろん、ルンちゃんがここに来てくれたことへの感謝とお祝いの乾杯にきまっているだろう?」


 課長がご機嫌だ。


「え? わたしのための乾杯? でも、わたし何にもしてないよ? 祝ってもらっていいの?」


「もちろんだ! ルンちゃんが来てくれて、俺たちはとっても嬉しいんだからな! ルンちゃんはいるだけで俺たちは幸せなんだ!」


「え……? 晴にいちゃん? 本当に? わたし、ここにいて迷惑じゃないの?」


「そんなことはないぞ。課長が言ったように、みんな歓迎している。もちろん、オレもだ」


「……嬉しい。わたしがいるだけで幸せなんて言葉……、セヴル兄たちに言ってもらったのと同じ言葉……うれしいよぉ……」


 ルンは涙ぐみ始めた。それを見ている課長も、台所で耳をそばだてている奥様も、緒方巡査も。


 よし、追撃だ。


「ルン、この人の事は、これからトーチャンと呼べ。あっちで料理を作ってくれている人はカーチャンな」


「うん! わかった! ありがとね、トーチャン! カーチャン!」


「ば……お前……! ああ、ありがとう……」


 課長と奥様の目から明らかな涙の雫。


 そう、この二人は過去に最愛の娘さんを病気で亡くしているのだ。


 そんなこともあって、ルンの存在はまるで娘か孫娘のように思えているのだろう。



 そんなやり取りをしていた時、


「おーい! ルンちゃん! 飯食ったかー!?」


 まさかの副署長乱入である。



 どうやら、幹部連中の考えていたことはおおむね同じだったようで、そのあとに地域課長、交通課長もまた奥様を伴って来訪してきた。


 後で聞いたところ、どうやら署長も来る気まんまんだったらしいのだが、あいにく署長は単身赴任で奥様がこの市におらず、おっさん1人で訪問するのは遠慮したらしい。

 

 で、皆がみんな酒を片手にルンのトーチャンであると主張し始めたため、恩田課長は『オンダトーチャン』という呼称で落ち着いてしまった。一番長かったのは『フクショチョートーチャン』だ。


 で、宴もたけなわになろうかというところ、


「若い女性の部屋でこれ以上おっさんたちが居座ってはいけない」


 という奥様ズの全員一致の意見で幹部連中のルンの部屋? での飲み会は早々にお開きとなったのである。



 こうして、各奥様が作ってくれたおかずや食材が駐在所のだけでなく、オレと緒方巡査の官舎の冷蔵庫の中までをも席捲する事態となり、しばらく料理をせずともおいしいものを食べられることとなったのであった。

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