第22話 肇の覚悟

  ショーが終わって マリリンがテーブルに戻って来た。

「マリリンさん、素敵でしたよ。」二人は拍手で迎えた。

「マリリンさんの左隣りで踊っていた人は 本物のゲイさんですか?」

思い切った質問を由加里が言った。

「本物のゲイさん? 詳しい事は知らないけど、あの子はノアの方舟から助っ人に来た子なのよ。今、チョット人手不足で……」

「助っ人…… そうですか……あのー、あの人をここに呼ぶことは出来ますか?」

「何か訳アリのようね。いいわよ、私と代わりましょ。」

そう言ってマリリンは 肇たちのテーブルに行った。

「キャシー、あちらのお客様がご指名なの私と代わりましょ。お客様、私でもよろしいかしら、」

今、ショーでメインで歌っていたマリリンからの申し出に 客は喜んだ。

「すみません、ではマリリンさんと代わりますね。」 そう言って肇は由加里たちの

テーブルに行った。 あまり気は進まなかったがマリリンから言われたら仕方がない

「水野さん……水野さんですよね。」

「佐伯さん、どうしてこんな所に……」

「来店したのは ただ、来て見たかったからなんだけど、水野さんに似ている人が

いると思ってずっと見ていたの。」

「良く分かったね。でも何か用なの?」

「水野さん、会社首になってこんな仕事をしているの?」

「あら、こんな仕事って……ご挨拶ね……」 ティファニーが口を挟んだ。

「あっ、ごめんなさい、」

「僕、ここのオーナーに助けられたんだ。ここの仕事、結構気に入ってるんだ。楽しいよ。」

「そうなの?私、水野さんに悪い事したと思って ずっと気にしていたの。私が病気で休んだばっかりに……」

「いや、騙されたのは僕だから、君が気にする事じゃないよ。」

「ほーらー、」 佐藤春奈が言った。

「あの犯人、他の旅行社でも同じ手口でだまして、お金を巻き上げていたのよ。さすがにもう黙っていられないと他の会社と一緒になって 警察に提出被害届を出したのよ。だから、そのうち捕まるわ。」

「でも、お金はきっと戻ってこないよね。僕が会社に迷惑かけた事は間違いないよ」

「…………」由加里は黙ってしまった。

「ここは結構高いんだよ。いいお酒ばかりだし、君たちが来る所じゃないから、社会見学が済んだら早く帰りな、」

肇の言葉を聞いてティファニーが言った。

「なに言っているのよキャシー、お客様よ。サービスしなきゃ、」

「でも、フルーツまで頼んじゃって……」

「あっ、これはマリリンのサービス。そしてこれは私がサービスしたジュースよ。」

「ええ?サービス?」

由加里と春奈はニコニコしてⅤサインを出した。

「あんたも元同僚なら 何かサービスしてあげなさいよ。」

ティファニーのいささか強引な言葉で 肇も二人にナッツのつまみをプレゼントした

「わあ~ありがとう、飲み屋さんで食べるナッツって なんか美味しいのよね、」

なんだかんだ盛り上がって その後一時間くらいで二人は帰って行った。

「ティファニーさん、マリリンさん、すみませんでした。」

「いいのよ、それよりここの仕事が気に入ってるって、本音?」

「はい、もちろんです。」

「そう、じゃあ貴方も本格的に私達の仲間ね。実を言うとすぐにいなくなちゃうんじゃないかと思ってたのよ。」

「えっ、そうなんですか?」

「あんた、お昼に就職活動してたでしょ。やっぱり無理だからあきらめたの?」

「それもありますが、やっぱり賃金高いし、お客様の質が高くて僕なんかが普通なら

話せないような人とも会話出来て、本当に勉強になります。でも、40歳以後の為に資格取得の勉強はしていますよ。」

「ここは50歳までいられるのよ。」

「えっ?本当に?」

「メイクで少々はごまかせるしね。あんたなら大歓迎よ、あっ、でもオーナーの許可がいるけどね。」

「いえ、当分ノアで頑張ります。」

「そうお?残念……」 肇は僕はゲイじゃないのにいいのか?と思ったが 言葉には

出さなかった。

  それから二日後に鞭打ちになっていた三人が復帰して来たので 肇と拓郎はノアの方舟に戻ることになった。

久しぶりのノアでの仕事に 肇は少し緊張していた。

「おい、今日は少し顔が固いぞ、」と翔に言われ、「笑顔で接客しろよ。」とポンと

肩を叩かれた。

「はい、頑張ります!」 

翔は最近とても優しくなった。肇を仲間と認めてくれたようだ。

この日は 櫻子が来店して肇を指名してくれた。

「どう? ドラキュラは楽しかった?」

「はい、ステージに立って踊ったり、歌ったりなんて今まで経験がない事でしたが、

楽しくて病みつきになりそうです。」

「あら、そうなの? それは見込みがあるわね。でも、資格の勉強はしているの?」

「はい、資格は取ろうと思っています。ただ、ここの仕事はまだまだやっていこうと思いました。やっぱり、オーナーに会えた事は僕の宝ですし、頑張って恩を返さないと…」

「何だか、変わったわね。強くなった気がするわ。あのね、これは本当にあった話なんだけど 60歳の女性が宅建の資格を取って不動産の仕事を始めたそうなの、古いアパートなんかを買い上げてリホームして新しい借主を見つけて、アフターフォローもしっかりやって、評判になったのよ。やろうと思えばいくつでもやれるお手本の様な人だと思うわ。肇君もちゃんと勉強して準備を整えておけば 何があっても大丈夫よ。」

「ありがとうございます。」

人との出会いは大切だ。肇は詐欺師と出会ってしまったが、その結果、オーナーと出会い、櫻子とも出逢う事が出来た。人生が大きく変わった訳だが それをこうなってしまったと捉えるのか、こうなれたと思うのか それはこれからの生き方によって

変わるのだ。


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