第21話 ドラキュラに来店したのは

  寮に帰ると皆が食堂に集合していた。

「どうだった?」とオーナーが聞くと 翔はⅤサインを出し高木のサインが書かれた離婚届を出して見せた。それを見てみんなは

「あ~っ!」 「お~!」 「やったあ~!」と思い思いに喜んだ。

真紀は離婚届を翔から受け取ると それをジッと見つめ涙を流した。

「ありがとう……」

「かなり脅しておいたので二度と現れないと思いますが、暫くは注意してください」

「うん……」

「やるわね、翔、」とティファニー

「よくやってくれたわ、」とオーナー

誰からともなく拍手が起こった。真紀は嬉しそうだった。いつの間にか愛美も部屋から出て来ていた。

「ママ、あの人、もう来ないの?」

「ええ、みんなが追い払ってくれたのよ。お兄ちゃん達にありがとうって言おうね」

「うん、おじちゃん達、ありがとう。」

「おじちゃんって……」タカが不満気に言った。8歳の子供にとって30歳前後の男性は 充分におじさんだ。ホスト達は苦笑した。真紀はチョット慌てて

「ごめんなさい、愛美、失礼よ。」

「なにが?」

「いいって、いいって、さあみんな、食事が済んだら仕事だ。今日も頑張ろう、」

翔がみんなに発破をかけた。

「肇と拓郎は今夜もドラキュラよ、もう少し頑張ってね!」とオーナー、

「はい、」

ドラキュラの鞭打ちになった三人のコルセットが取れるまで 二人はヘルプに行かなければならない。とは言え、肇も拓郎も女装するのもダンスを踊るのも楽しくなって来ていた。

今日はチョットダンスの難易度をあげられたが 割とすんなり対応出来た。この仕事

向いているのかもと、思う二人だった。

始めのショーが終わって接客をしていると、二十代と思われる若い女性が二人、来店して来た。どうやら初めての客の様で、ティファニーとマリリンが接客に付いた。

何気なくそちらの方を見た肇は驚いた。

「どうした肇、知り合いか?」肇の様子に気付いた拓郎が小さな声で聞いた。

「うん…元同僚……」すると、接客していた客が

「こらこら、二人で内緒話はないでしょ。キャシーちゃん、お酒のお代わりを頂戴」

「あっ、すみません。すぐにお持ち致しますわ。」慣れない女言葉で 肇が応えた。

肇は先程の若い女性客のテーブルのそばを通ってカウンターに行き 新しいカクテルをバーテンダーに注文した。

(大丈夫だ。二人は自分に気付いていない。)

出来上がったカクテルを持って 再び二人のテーブルのそばを通り抜け元のテーブルに戻った。

その肇をジッと目で追っていたのは 先程の若い客のひとり、佐伯由加里だった。

「どうしたの?由加里、知ってる人?そんな訳ないか、」と、もう一人の客、

佐藤春奈が言った。

「うん、水野さんに似ているんだけど…違うよね、まさかね。」

「えっ?あの首になった水野君?まさかあーここゲイバーよ。」

「そうよね、」二人が話している声が接客しているティファニーにも届いたようで

「キャシーが誰かに似ているの?」と聞いた。

「ええ?やだあ!こっちの話よ。気にしないで、」と春奈。

「あら、ごめんなさい、立ち入ったこと聞いちゃって… それより二人共お酒が進んでないわねえ、このシャンパン口に合わない?」

「いえ、そんな事ないです。美味しいです。」

由加里はグラスに残っていたシャンパンを一気に飲み干した。

「あー、美味しい…」

「いける口ね、でも今日はこの一本にしておきなさいよ。結構高いのよ。」

「そうなの?」

「あなた達、普通のОLみたいだし…… どうしてここに来て見ようと思ったの?」

ティファニーに聞かれて春奈が答えた。

「社会見学ですよお、昨日ボーナスが出たんで 一度来てみたかったゲイバーに行って見ようと思って…」

「そうそう、私達、彼氏もいないしね…」と由加里。

「まあ、嬉しい!ここに来て見たかったなんて可愛い事言うわねえ、じゃあ、私が

ジュースでもプレゼントしちゃおうかしら、」

「えーっ、本当ですかぁ? 嬉しい! でもジュースですかぁ?」

「あんた達が酔っ払ったら困るからね。間もなくうちの売りのショーが始まるわよ。

このマリリンが歌って踊るから、」

「えーっそうなんですか?わあ~楽しみー、マリリンさん綺麗だから素敵でしょう

ねぇ。」

「あら、私、きれい?」マリリンが嬉しそうに言った。

「きれい!お肌なんてゆで卵みたいだし、羨ましいわぁ~」

「もう、褒めすぎよう、私もフルーツでもおごっちゃおうかしら、」

「キャア―、嬉しい~。」どっちが接待を受けているのか分からない。

マリリンはボーイにフルーツを頼んで そのままステージへ向かって行った。

肇と拓郎もステージ裏に来ていた。

「じゃあ、二人共行くわよ。」 「はい!」

12月に入っているので今夜はクリスマスソングを中心に歌って盛り上げた。客もアップテンポな曲には手拍子を付けたりして 店は華やいだ雰囲気に包まれて行く。

そのステージをジッと見ていた由加里は

「やっぱりあの人、水野さんだと思う。」と言った。

「えーっ、どうして?」

「体つきとか…目とか…」

「由加里…あんた水野さんの事、好きだったの?」

「違うよ、そんなんじゃないよ。ただ、あの日本当は私が添乗するはずだったんだけど、風邪ひいて熱出しちゃって、代わりに水野さんが行ってくれたの。それであの

事件が起きたのよ。だから私、すごく責任感じているの。」

「そうだったわね、でも騙されたのは水野さんだし仕方ないよ。」

「私だって騙されていたかも知れない。」

「由加里…そんな風に責任感じなくてもいいんじゃない?」

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