第20話 翔の名演技
学校に着くと まだ下校している子供はいなかった。三人はバラバラの場所に
待機し時を待った。まるで刑事の張り込みのようだ。
ちょっと早く来てしまったようで 10分待っても20分待っても誰も出て来ない。
高木も何処かで愛美が出てくるのを待っているに違いない。気になるのは校門の
真正面に軽トラックが止まっていることだ。近所の家に何か頼まれて業者が来ている様に見えるのだが… その車の中には目が見えないくらい深くキャップを被った男がスマホを見ている。あいつなのか… と思うが帽子が邪魔で良く分からない。
暫くすると学校の周辺が騒がしくなった。低学年の子供達がぞろぞろとランドセルを背負って出てきたからだ。その中に愛美の姿もあった。
愛美が校門を出て 軽トラの横を通り過ぎると軽トラもゆっくり動き始めた。愛美と10メートルくらいの間隔を取っている。見るからに怪しい。車の後ろを肇たち三人が付けている。これもまた非常に怪しい。
少し歩くと愛美が立ち止まった。後ろの軽トラを彼女も怪しいと思ったようだ。当然
軽トラも止まった。肇たちも止まった。
突然、愛美は住宅と住宅の間の細い路地に入って行った。車は入れない。軽トラのドアが開き中から男が出て来た。翔とタカは男が愛美の後を付けられないように、急いで男の両脇に並び その腕を掴んだ。
「高木さんですね、ちょっと付き合って下さい。」と翔が言った。
「えっ?何なんですか? 私は急いでるんだ、邪魔しないで下さい。」
「いや、邪魔させてもらいます。大人しくした方があなたの為ですよ、」
翔はなかなかの迫力だ。有無を言わさずタカと二人で高木の両脇に腕を差し込んだ。
「さあ、一緒に行きましょう。」
丁寧な言葉が返って怖い。肇は自分はいらなかったなと思いながら 後ろから付いて行った。 打ち合わせ通り公園へ連れて行くとリョウとケンが待っていた。高木を
ベンチに座らせ 5人で輪になって囲んだ。そして翔が口火を切った。
「高木さん、愛美ちゃんを付けていましたね?」
「あっ、いや、別に……」
「愛美ちゃんはうちの組の大切なお嬢だ。何をするつもりだった?返事によっちゃあチョット痛い目にあってもらわないといけないですよ。」
「お嬢って…… あの子は私の娘だ。」
「前はね、今はうちの親分の娘ですよ。」
「親分?…しかし、法的には私が父親だ。」
「それもう止めましょう、これ離婚届です。真紀さんのサインはしてあるので貴方のサインをもらえれば 今から役所に持って行きますから。」
翔はペンと一緒に届出用紙を高木に渡した。
「親分は真紀さんを それはとても愛しておられる。貴方の事は非常に心を痛めているのですよ。親分にはやってしまえと言われたのを 私達はこんなに紳士的に話をしているんだ。感謝してほしいくらいですよ。さあ、気持ち良くサインしましょう、」
ベンチに座っている高木は 上目使いに5人を見て
「サインしてもハンコを持ってないですよ、今日は無理でしょ…」
心なしか声が震えている。それを聞いて翔は
「高木さん、知らないんですか?近年、結婚届や離婚届に印はいらないんですよ。」
「えっ?そうなのか…」
(そうなの?…)肇も初耳だった。
諦めた高木は震える手でサインをした.緊張していたのだろう手のひらに汗をびっしょりかいていたようだ。ウエストポーチからハンドタオルを出して拭いている。
翔はそれを見て
「ウエストポーチって、便利ですね。私は使ったことはないですが、」
「今どきって思っているんでしょ、私は気に入った物はずっと使う主義なんですよ。
真紀だってずっと夫婦でいるつもりだったのに……」
「もう、呼び捨てはやめて下さい。真紀さんは貴方のせいで死のうとしたんですよ。
そこを親分に助けられて今に至るわけですよ。暴力は愛情ではないですよ。」
「…………」高木は黙ってうなだれた。
「二度と真紀さんの前に現れないで下さい。約束ですよ。」
「…………分かった……」
「腕のいいコックだって聞きましたよ、真面目に働いていればまた、素敵な女性が
現れますよ。」
「あんた、イケメンだな。女に不自由した事ないだろう、」
そう言われて翔はチョットイラついた。
「高木さん、あまり調子に乗らないでくださいよ。私達を何者だと思ってるんですか
私達は世間からは疎まれていますが、かなりの力を持っています。貴方一人くらい消すことなんで簡単なんですよ。」
「うっ…… すみません、帰ります。」
「そうして下さい。二度と現れたらダメですよ。」
高木は頭を下げて、うなだれて帰って行った。肇は翔のそばに駆け寄り
「翔さん、凄い迫力でしたね。静かに話しているだけなのに あの人、震えていましたよ。」
「役者やなあ、」とタカも言った。
「俺だって緊張したんだよ、でも離婚届にサインをもらえて良かった。」
「ええ、真紀さん、喜びますよ。」と肇。
「さあ、帰って真紀さん達の美味しい手料理を食べようぜ。そしてまた、仕事だ。」
翔はリーダーらしく4人に言った。にこやかに5人は並んで帰って行ったが、傍から
見るとかなり怖い集団だ。
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