第18話 真紀の事情
「ダメかぁ、はじめちゃん、玄関に回ろう、」
二人は寮の脇の細い通路を通って表へ出た。表側に出る時、愛美は周りを注意深く見回しながら急いで走って玄関のドアを開け中に入った。肇は愛美に習って同じ様に
行動した。寮の中に入るとすぐに厨房に行って 中で夕食の準備をしている真紀に帰宅の挨拶をした。
「ママー、ただいまー」
「お帰りー、えっ? 肇ちゃんと一緒?」
「うん、図書館で一緒になったの。」
「図書館? 愛美、図書館に行ったの?」
「うん、」
「何しに?」
「はじめちゃんに聞いて!」
愛美はそれだけ言うと 奥の部屋に入ってしまった。」
真紀は肇を見て「どういう事?」と聞いた。
「愛美ちゃん、僕に丸投げかぁ… 実は……」
肇は先程の図書館でおこった出来事を真紀に話した。話を聞くうち真紀の表情は見る見るうちに険しくなっていき、そして泣き出してしまうのではないかと思うほど、悲しい顔になった。
「どうしたんですか? あの男は誰なんですか?」
「…………夫……」
「えっ?夫?」
「別れたいのに別れてくれない夫…… 私達逃げているの…… 私…二年前愛美を連れて死のうと思ったの。橋の上から川に身を投げようとしていたところをオーナーに
助けられたのよ。私に住むところと仕事を与えてくれて……私にとってオーナーは神様なの…… そっかあ、愛美の通っている学校を突き止められたのか…… はあ……
どうしよう……」
「あの男は愛美ちゃんのお父さんなんですか?」
「いいえ、愛美の父親は愛美が一歳の頃、亡くなったの。私、あるレストランで働いて愛美を育てていたんだけど、同じレストランに勤めていたコックだった夫と愛美が
4歳の時に再婚したの。始めは優しかったんだけど……」
真紀がそこまで話した時に タマ子が声をかけた。
「身の上話はそのくらいにして、早く夕食の支度をしておくれよ。4時に間に合わないよ。」
「あっ、ごめんなさい、肇ちゃん、今度ね。」
話は中断したが、大体分かった。
「ⅮⅤか……」肇は思った。 あんなに明るくて元気に振舞っている真紀が そんな状況にあったなんて信じられない思いだった。
しかし、愛美の学校が突き止められたとなると、明日からどうすれば良いのか、真紀はどうするんだと肇は不安に思っていた。
時刻は4時になり、ホストの皆は食事を取る為、集まって来た。ノアもドラキュラも
全員が揃って食事をとり始めると 真紀はオーナーが食事をしているテーブルに行き
オーナーの向かいに座った。深刻な表情でオーナーに話を始めたので 周りのホスト達も気になっている様子だ。
「そうか…………とうとうやって来たか……」
「すみません… もう、ここに居られなくなるかも…」
「いえ、そうはさせないわ。いつまでも逃げてはいられないでしょ?」
「そうですけど… でもあの人、絶対に諦めてくれないと思う…」
「愛美ちゃんの為にも 終止符を打たせないと……」
オーナーは椅子を引いて立ち上がり、ホスト達に向かって話し始めた。
「みんな!聞いてちょうだい。あいつが愛美ちゃんの前に現れたの!」
ホスト達は皆、真紀の事情を知っていた様で 緊張した表情でざわざわし始めた。
「今日は愛美ちゃんが図書館に逃げ込んで、ちょうどその場にいた肇に助けられたそうなの。だから、まだここは知られていないわ。でも学校は知られてしまっている
から明日も恐らく付けられると思うのよ。何かいい考えはないかしら、」
「車で送り迎えするとか……」 誰かが言った。
「そんな事より、ここを見つけさせて 乗り込んで来たら みんなでやっつけたら
いいじゃん!」随分と過激な意見だ。
「暴力は良くないよ」また誰かが言う。
「かまやしねえよ、真紀ちゃんには俺たちが付いていると判らせれば、もう来ねえよ。」
「そうかなあ… 刃物とか出して来たらどうするんだよ。」
「皆さん、すみません。」いたたまれずに真紀が言った。
「真紀ちゃん、気にするなよ。真紀ちゃんがここに来た時から いつかこうなる事は
皆、分かってたんだから、真紀ちゃんにはいつまでもここで旨い料理、作って欲しいんだよ。」翔がカッコ付けた。
「私達も同じ気持ちよ。」ティファニーも翔に続いた。
「みんな…ありがとう…」真紀の目は涙で潤んいた。
「私が誘惑しちゃおうかしら、ねえ、イケメンなの?」とティファニー、
「どうかなあ… 十人並みってところかな…」か細い声で真紀が答えた。
「ティファニー、いいじゃんそれ!恐怖で来なくなるかも、」誰かが大きな声で言うと、ホスト達はどっと笑った。
「ひどーい、何が恐怖よ! 私の魅力で真紀ちゃんへの執着心を忘れさせるのよ。」
ティファニーは結構本気だ。
脱線して来たのでオーナーが発言した。
「ここを知られたら とにかく対決しなければならないけど、私達は夕方から深夜まで店にいるから、ここは真紀ちゃん達だけになるのよね。そこに来られたらどうしようもないんじゃないの?」
「んー、そうかあ…」
「じゃあさあ、下校中の愛美ちゃんを付けているところを捕まえて、袋叩きにしちゃおうよ。」
「またぁ、過激なことを言ってぇー」
「どっか、公園に連れてって どういうつもりなのか聞こうよ。それで諦めるように
説得するのよ。そうだ、離婚届にサインさせよう、明日区役所に行って書類をもらって来るから、」
「だけど、ティファニーがいたら、俺たちの事すぐにバレちゃうんじゃないの?この辺でゲイバーと言ったら ドラキュラしかないじゃん。そしたらこの寮もすぐに分かるよ。」
「どうして私がゲイバー勤めだって分かるのよお、」
「その格好を見れば分かるでしょ、」
ティファニーは普段でも女性物の派手なプリント柄の服を着ている。ちょっと、大阪のおばちゃんぽい、知らんけど…。
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