第16話 櫻子さんは副社長

  一回目のショーが終わり肇たちは真知子のテーブルに戻った。

真知子は二人を拍手で迎え「良かったよー」と褒めてくれた。

「すみません、未熟なダンスで……」

「ううん、とても華やかで素敵だったわよ。マリリンにも見劣りしなかったわよ。」

そこにオーナーがやって来て拓郎と肇に小声でささやいた。

「櫻子さんがいらしてる。肇をご指名よ、もう少ししたら行ってちょうだい。」

「あら、他からもご指名?もう少ししかいられないの?つまんないわね。」

真知子にも聞こえていたようで 不満気に言った。

「あっ、私はいますから、指名はキャシーだけですから……」と拓郎が言った。

「そう?そうね。二人共占領しちゃ悪いわね、いいわよ、キャシーいってらしゃい。」

「すみません、ありがとうございます。それではちょっと行ってきます。」

肇はそう挨拶すると 櫻子のテーブルに向かった。

「櫻子さん、いらっしゃいませ。ドラキュラにもいらっしゃるんですね。」

「初めてよ、肇君がこちらにいるって聞いたから来たのよ。」

「えっ?そうなんですか、嬉しいな。でも櫻子さん、ここではキャシーですから、

お願いします。」

「そうね、でも女装して化粧すると美人ねえ、なんか嫉妬しちゃうな……」

「結構化けちゃいましたね。でも足はこれですから、」と言いながら ドレスの

裾をたくし上げて ごっつい足を出して見せた。

「わあ~アスリートみたいな足ね。なんか顔とミスマッチ……」

「顔の方は化粧で何とかなりますけど、身体はどうしようもないですよね。拓郎さんは足も細いので短いスカートでも可愛く決まってたでしょ?」

「そうね、拓郎君って足が綺麗だったわ。ところでキャシーは就職活動はしているの?」

「はい、でも上手く行かなくて……何か資格を取ると有利だと聞いたので、何の資格が良いのか考えているんですけど……櫻子さん、何が良いと思いますか?」

「フフフ… また私に聞くの?」

「すみません、」

「ねえ、キャシー、私が何の仕事をしているのか知ってる?」

「確か、不動産業だと聞きました。副社長なんですよね。」

「そうよ、父がオーナー社長なので 私が後を継ぐことになるの。キャシーが本当に

やる気があるのなら 雇ってあげてもいいわよ。」

「えっ?本当ですか?」

「ただし、宅建取り扱い責任者の資格を取ることが条件よ。」

「宅建……なんか難しそうですね。」

「簡単に取れる資格なんて役に立たないわよ。」

「そっかあ……」

「しっかり勉強して資格が取れたら雇ってあげる。もちろん、やる気があればの話だけど、」

「不動産業……」

「中途半端な気持の人を 私の責任で雇う事は出来ないわ。資格もあって、やる気も

ある人でないと社員も納得しないでしょ、」

「そうですね、でも不動産業の事は何も知らないので 少し勉強してみます。僕の事

考えて下さって嬉しいです。感謝します。」

櫻子とそんな話をしていると、次のショーの時間がやって来た。

「頑張ってね、ショーを見たら私、ノアに戻るわ。また翔が嫉妬するといけないから、」

「すみません、お客様に気を使わせてしまって、」

「いいのよ、私のせいでもめるのは 私も嫌だから、」

「櫻子さんって本当に素敵な人ですね。」

「お世辞言っても何も出ないわよ、資格の事、真剣に考えてね。」

「はい、」

肇は再びステージに立って、マリリンの脇に拓郎と並びショーを盛り上げた。ただ、

頭の中では明日、図書館に行って不動産取引の事を勉強してみるかと考えていた。

大学ではマーケティングの勉強をしてた。旅行業では少しは役に立っていたが不動産業ではどうなのか?自分にやれるのか?とにかく、勉強して知識を持たないと始まらない。

 翌日、肇は寮から一番近くにある図書館に居た。昼前からずっと来ていて不動産に関する書籍や資格を取る為の参考書を片っ端から見ていた。もう3時になろうとしていたが夢中になって読み込んでいる。

その時、図書館の中で騒がしい動きをしている子供がいたので 気になってそちらを見ると、愛美だった。緊張した顔で走っている。

「何しているんだ?」と声をかけようと思ったら、トイレの方向に駆け込んだ。

「なんだ、トイレか…」と思ったら 愛美の後から男が少々急ぎ足で これもまた

トイレの方向に向かって行った。何故か危険な雰囲気を感じたので 肇もトイレに

行って見ることにした。

トイレは通路を通って右に曲がり、手前に男性用、そして多目的があり、その奥が女性用だ。愛美の後からトイレの方向に歩いて行った男が、男性用トイレの入口の近くで立っていた。肇と顔を合わせても素知らぬ顔で その場を動くことはなかった。

ずっとトイレに行っていなかった肇は トイレに行くと急にもよおしてきたので用を足す事にした。

肇が用を済ませて手を洗っていても その男はずっと入口に立って 時折り女性トイレの方を気にしている。愛美を狙っているのだろうか。

肇は気になりながらも気にしていないふりをして、男の横を通り過ぎた。

そして、図書館の職員に「怪しい男がトイレの入口に ずっと立っている。」と告げた。肇に言われた職員はガードマンと二人でトイレに向かい男に声をかけた。

「どうかされましたか?」と問われると男は

「いや、別に…娘がトイレに入っているので 出てくるのを待っているんです。」と

答えた。「娘?」肇も少し離れたところから様子を伺っていた。

「愛美ちゃんの父親なのか?」そう思ったが先程の緊張した愛美の顔を思い出すと

とても違和感を覚える。



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