第14話 ドラキュラは人手不足

  肇が雅子達のテーブルに行くと、奥様方は大喜びで迎えた。もう一人付いていたホストも少々ムカついている。今まで新しいホストが入って来た事は何回もあったが

これほどの騒ぎはなかった。オーナーの押しも強い、面白くないのだ。

一方、翔は櫻子にチョット拗ねた様子で話をしていた。

「皆さん、新人が好きですよね。」

「物珍しさだけではないわ、はじめ君はとても魅力的よ。」

翔は唇をかみしめた。櫻子は言葉を続けた。

「翔と同じくらい……」その言葉で翔は櫻子を見て微笑んだ。

「すみません、また櫻子さんに気を使わせてしまった……」

「ねえ、翔、私はあなたの恋人じゃないわ、ただの客。翔もはじめ君も二人とも好きじゃいけない?なんなら二人一緒に指名してもいいのよ、でもそれじゃあ他のお客様に申し訳ないでしょ。」

「櫻子さん……本当に?……俺のこと嫌いにならないで下さいね。」

「もちろんよ、」

櫻子のおかげでその後、翔は肇にいくらか優しくなった。マリアとも昼間に店の外で会って仲直りをした。翔の心にも余裕が戻って 肇の存在にもイライラしなくなったのだ。

しかし、他のホスト達の中にはやはり面白くないと思っている者は何人かいた。

肇は新人で後輩なのに指名が多く、自分がアシストにつく事が多くあり、客の注目を集めるのはいつも肇なのだ。ただ、あからさまに肇をいじめる様な事はしなかった。

オーナーの耳に入ったら首になりかねないからだ。

 やがて、一か月が過ぎていき 肇はホストの仕事にも慣れ、昼間に就職活動もしていた。就職活動はうまくいかなかった。面接では今何をしているのかと聞かれ、正直にホストのバイトをしていると答えると 急に嫌な顔をされ採用には至らない。

やはりもう無理なのかと思いつつも諦めずに頑張っている。

そんなある日、いつもの様に店に行くと三人のホストに囲まれた。

「なっ、何ですか?」恐る恐る聞くと、

「お前、ハローワークに何しに行ってる?」

「えっ?なんで……」

「修が見たんだよ、お前がハローワークに入っていくとこを、ホストを辞めたいと言う事か?」

「いえ、ただ僕には向いていないと思うんで……」

「向いてなくて大人気か…嫌味だな、お前、オーナーに拾ってもらったんだろ?恩を仇で返す気か?」

「オーナーはご存知です。」

「ええ?… オーナーはとことんこいつに甘いなあ」

「しかし、昼間の仕事でここほど稼げる所がそうそうあるか?」

そうなのだ、先日初めての給料は40万くらい貰ったのだ。普通新人は30万くらいなのだが肇は指名が多いのでかなり多い。寮費5万円を払っても充分な金額だ。

「先輩、ホストって何歳くらいまでやれると思いますか?」肇の唐突な質問に

「40歳。」と先輩達。

「えっ?」意外な答えに肇は驚いた。

「ここは40歳で定年だから、」

「ええ?」

「オーナーから聞いていなかったのか?だから俺たちはその後の生活を考えて 金をためたり、資格を取ったりしているんだ。俺は調理師の免許を取って居酒屋をやろうと思っているんだ。」

「はあ……考えておられるんですね。そうか…資格か…何かの資格を持っていたら、

就職にも有利ですよね!」

先輩のホスト達は 何か気の抜けた感じになって

「なんだよ、俺たちお前に文句を言ってやろうと思っていたのに 逆にいろいろ教えてやってるじゃないか…」

「あっ、ありがとうございます。勉強になりました。」

肇はニコニコした顔で礼を言うと ロッカーの方へ歩いて行った。先輩たちは苦笑いでそれを見送った。

「なんだよ、あいつ、手応えねえな…」

この日は8時頃、櫻子が来店したが翔が指名された。閉店近くにはマリアも来店して

翔と仲良く一杯だけ飲んで帰って行った。肇にも2回ほど指名が入りちょうどいいなと安堵していた。

そんなある日、寮の朝食時にドラキュラの連中が集まって騒いでいた。中心には

オーナーの姿もあった。

「オーナー、三人も鞭打ちになって申し訳ございません。」とティファニーが言っている。

ノアとドラキュラのホスト達は店が終わると それぞれ委託されたタクシー会社の

マイクロバスで寮に帰って来るのだが、昨夜信号で止まろうとしていたバスが後続車に追突され 三人が鞭打ち症になってしまったのだ。

コルセットを首に巻いた三人がしょぼくれた顔で立っている。

「仕事… 出来ない事はないと思うけど……」とひとりが言うと

「冗談じゃないわよ、そんな不細工な事させられないわよ。」とオーナーに言われ、

ますますしょげている。

「でもオーナー、マリリンも座席から転げ落ちて 顔をすりむいちゃったし、店開けるの無理じゃないかしら、」と、ティファニーから言われ、オーナーも考え込んでしまった。

「んー、困ったわねえ、そうねえ……ノアから二人ヘルプを出したらいけるかしら…

どう?」とオーナーに言われ 驚いたティファニーは

「えっ?ノアから?うちはゲイバーですよ。それじゃあ看板に偽りありになりませんか?」

「綺麗なら大丈夫でしょ、拓郎と肇に行かせるわ。そうねえ、名前はソフィアと

キャシーにしましょ、化粧の仕方を教えてやってちょうだい。 拓郎、肇、チョット

来てちょうだい。」朝食を取っている拓郎と肇が呼ばれた。

「今夜はドラキュラのヘルプに行ってもらうからね。後でティファニーに化粧の仕方を教えてもらいなさい。」

「えっ?えーっ?」二人して思わず声が揃った。

「拓郎はソフィアで、肇はキャシーよ。」

「え――ソフィア……」 「キャシーって……」


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