第12話 マリアと翔は・・・

  肇がデビューして一週間が経った頃、後一時間くらいで店が閉まろうと言う時間にマリアがやって来た。ボーイに案内された席は 通路を挟んで隣で翔が接客をしている席だった。マリアは席に座ると「はじめちゃんをお願い。」と少し大きめな声で

ボーイに頼んだ。 その声に気付き振り向いた翔と目が合ったマリアだったが素知らぬ顔をした。 マリアは少々酔っている。店での接客で飲んだ物だ。クラブすいれんは午前1時30分で店を閉めるのだが、ノアの方舟は2時30分まで開けている。マリアは今まで僅かな時間でも翔に会いたくて来店していたのだ。 なのに今夜は肇を指名した。前回少々怒って帰ったマリアだったので 翔は気が気ではない様子だ。

なぜマリアの機嫌が悪いかと言うと、それは二十日程前の事だった。

いつもより遅い来店をした櫻子が閉店近くまでいて マリアと遭遇したのだ。マリアはいつものように翔を指名したのだが、チョット来ただけで「後でね、」と言われ

櫻子のテーブルに戻ってしまった。その後20分近くも待たされ、翔が櫻子を丁重に

見送る場面も見てしまった。ほったらかしにされたマリアはかなりムカついていた。

肇と始めてあった日も翔に文句ばかり言っていた。あの時は半分当てつけで肇に

言い寄ったのだ。

この日、肇は拓郎のアシストに付いていて ボーイからマリアが指名してきた事を告げられた。翔が気を悪くする事もわかっていたが、断ることも出来ない。

「行って来いよ、」と拓郎にも言われ、マリアのテーブルに向かった。

「失礼します。マリアさん、指名ありがとうございます。」

「わあ~はじめちゃん、カッコ良くなったねえ、翔より全然いいじゃん!」

わざと翔に聞こえる様に言うマリア。

「いえ、僕なんて全然大した事ないですよ。」と肇が言うと

「謙虚な所も良いなあ、誰かさんと全然違う。」

時々翔がこちらの様子を伺っているのを感じて肇は少々緊張していた。マリアとの

距離も人一人分開けて座っていたが マリアはカクテルを一口飲む度に少しずつ

にじり寄って来て 膝頭が触れる様になっていた。

「はじめちゃんって、素敵な横顔をしているのね。ずっと眺めていられる。」

「どうも……マリアさんこそ とても綺麗でチャーミングじゃないですか、すいれんのナンバーワンですか?」

「ううん、ナンバーツーよ。ナンバーワンにはなりたくないの、」

「なぜですか?」

「ナンバーツーの方が楽だからよ。ナンバーワンっていつも抜かれない様に頑張らないといけないから、私らしくいられない。私ってマイペースな人だから…」

「そっかあ…僕も楽な方がいいなあ、」

「なんか、はじめちゃんとは気が合うなあ、ねえ、いつかすいれんにも遊びに来てよ。」

「はい、お金が貯まったら行かせてもらいます。今は金が無いので…」

「あーやっぱいい、他のホステスがはじめちゃんの事気に入って取られたら嫌だから

来なくていい、」

「ええ?」

「マリアさん、いらっしゃいませ。」いつの間にか翔がそばに来ていた。

先程まで翔がいたテーブルの客はどうやら帰ったようだ。

「随分、はじめと話が弾んでいますね。」

「そうよ、はじめちゃんとはとっても気が合うの。翔は呼んでないけど…」

「はじめはまだ見習いで俺のアシストなので 失礼があってはいけませんから…」

「失礼なのは翔じゃない!」

「マリアさん、ラストオーダーの時間ですが何か飲み物をお持ちいたしましょうか?」 翔はとても丁寧な言い方だったが、マリアはチョットカチンときた。

大体最近は、マリアさんなどと さん付けで呼んではいなかったのだ。

「私、店でも飲んでいるからもういらない、知ってる癖に… 飲まないのなら帰れってこと? 帰るわ! はじめちゃん、今度はもう少し早く来るからね。はじめちゃんとゆっくり出来るように…」

マリアが席を立つと、翔は肇に「マリアさんを丁重にお見送りするように」と言った

肇は二人の間に立って居たたまれない気持ちだったが ただ、この二人はお互い好き同士なんだと言う事だけは分かった。客とホストの関係じゃないから喧嘩になったんだなと肇は思った。マリアが翔に焼きもちを焼かせるために自分を出しに使っていると少々鈍い肇でも分かったのだ。

マリアが帰って暫くすると閉店時間になり、帰り支度をしている翔に向かって思い切って声をかけた。

「翔さん、マリアさんは僕を出しに使って翔さんに焼きもちを焼かせようとしているだけですよ、別に僕が気に入っている訳じゃないと思いますよ。」

「そんな事は分かってる! 誰がお前に焼きもちなんか焼くか!」

「そ…そうですよね、すみません。」

裏目に出た。良かれと思って言ったのに裏目だ。

肇には、そう言う事がよくある。ある意味K・Y ?

  肇がノアの方舟のホストになって二週間以上が経っていた。見習いの期間は二週間とされていて、肇は一人立ちしていた。不器用だが誠実な人柄が受けて、物珍しさもあって、良く指名された。オーナーも店内にいる時は肇を売り込んでくれた。

ただ、それが他のホスト達には気に入らなかった。

そんな折、久しぶりに櫻子が来店した。当然、翔を指名すると皆が思っていたのだが

櫻子は「肇君をお願い。」と言った。 一瞬店内に緊張が走った。

ちょうどオーナーも店内に居て、肇と一緒に櫻子のテーブルに行き「櫻子さん、いつもありがとうございます。今日ははじめちゃんを指名して下さって嬉しいわ。これからもよろしくお願いしますね。」と挨拶すると 去って行った。

 

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