第11話 櫻子は大切な客
席に櫻子を案内して 翔はその隣に座り、肇は翔の隣に少し離れて座った。
すぐにボーイがやって来て 翔は「櫻子さん、いつものカクテルでよろしいですか?」と聞き 櫻子は小さく頷いた。そして「あなた達も何か飲んで、」と言ったのでシャンパンもオーダーした。
「ねえ、私、ふたりの間に座りたいのだけど…… 両手に花の気分を味わいたいの」
「ええ?両手に花ですか?」 両手に花と言うと普通は女性の事を連想すると思い
翔は聞き返した。
「そうよ、綺麗な男は花でしょう?」
櫻子はそう言うとスッと立ち上がり翔の膝の前を通り 翔と肇の間に座った。
「フフフ…いいなあ、右見ても左見てもカッコイイ。イケメンで最高……
今日は酔っちゃいそう…」
カクテルとシャンパンが運ばれて来ると三人で乾杯をした。その時、櫻子は
「はじめ君との劇的な出会いに カンパーイ」と言ったので 翔の目が険しくなったのを肇は見逃さなかった。
この日の翔は日頃になく良く喋った。櫻子の事をやたらと褒めて 喋らない肇に差をつけようとしているようだ。
「今日のドレス、素敵ですね。とてもセクシーです。」
次から次に褒めてくる翔の言葉に櫻子は顔を曇らせて言った。
「翔……私ね、お世辞は嫌いなの。ヨイショされて気分が良くなるタイプじゃないのよ。翔がお世辞なんか言わないクールな人だから、気に入っていたのよ。」
「えっ?……」
「それにしても、はじめ君は喋らないわねえ、少しは場を盛り上げないと客が付かないわよ。」
「あっ、すみません。何を話したら良いのか全然分からなくて…… 何を話したらいいですか?」 肇の言葉を聞くと翔は
「こら、お客様に聞くな!」と先輩らしく𠮟責したが 櫻子は
「そうねえ、相手をしっかり観察する事が大切よ。私みたいにお世辞を言われるのが嫌いな人もいれば とても好きな人もいる。宝石なんかをこれ見よがしにつけている人は褒められるの好きだと思うわ。お肌が自慢な人、スタイルが自慢な人、そう言う
所をちょっとだけ褒めるとつかみはオッケイ。後はいろんな話題を振って相手の反応を見るの、興味のある話題には乗ってくれると思うわ。」
パチパチパチ・・「さすが櫻子さん、分かっていらっしゃるわ。」
いつの間にかオーナーがそばに来ていた。
「オーナー、いらしてたんですね。気が付かなかった。」と翔が言うと、
「立ち聞きなんて人が悪いわね…オーナー、」と櫻子が言った。
「いえ、挨拶をしようとここに来たら 櫻子さんの講義が聞こえてきて 感心してしまったのよ。はじめちゃん、勉強になるでしょう?」
「はい、相手を観察するなんて僕が一番出来ていない事です。心掛けます。」
「そうよ、その素直さが大切よ。」 櫻子は肇に優し気な眼差しをむけて、
「オーナー、良い子を見つけて来たわね。私、とっても好みよ。」
「ありがとうございます。翔に並ぶホストになって欲しいと思っているんですけどね… 櫻子さん、はじめをチョットだけお借りしてもよろしいかしら、新人なので
各テーブルを回って挨拶をさせようと思いまして、」
「ええ、かまわないわよ。はじめ君、頑張ってね、」
「はい、じゃあ、チョットだけ失礼します。」
オーナーと肇が挨拶廻りをしている間、櫻子と二人になった翔は本音で話し始めた。
「櫻子さん、随分とはじめを気に入っているんですね。」
「あら、いけない?」
「なんか…妬けるなあ、」
「ノアのナンバーワンが何言ってるのよ、もっとドーンと構えてらっしゃいよ。新人に嫉妬するなんて翔らしくないわよ。」
櫻子にそう言われても 翔は不満げな顔で櫻子を見つめている。
「ほら、そんな顔しないの、私もシャンパンが飲みたくなったからお願い。」
「はい、」 翔はボーイに合図を送り、新しいグラスを持ってこさせてシャンパンを注いだ。
「翔、もう一回 二人で乾杯をしましょ、」
櫻子に言われてグラスを合わせようとすると、
「今夜は子供みたいで可愛い翔にカンパーイ」と櫻子が言った。
グラスを合わせながら翔は気が付いた。
「櫻子さん、すみません。俺…櫻子さんに気を使わせてしまったようですね。何をやってるんだろう。」
「大丈夫よ、嫉妬されるのも悪くないわ。でも、客としてだけじゃないなら うれしいんだけど…」
「櫻子さんは俺にとって特別な方です。」
「お金を沢山使ってくれる特別な客なんじゃないの?」
「そんな事ないですよ。」
二人がそんな会話をしていると、スッと通路を人影が通り過ぎようとしていた。それに気付いた櫻子が
「あら、はじめ君、どこに行くのよ、席はここよ、」と声をかけた。
「いや、何か邪魔しちゃいけない雰囲気でしたので、遠慮しようかと…」
「いいのよ、はじめ君は見習い中でしょ、ちゃんと翔について勉強しないと…」
「はい、すみません。」
言われて櫻子の隣に座った肇だったが、翔には相変わらず鋭い目を向けられていた。
その後、1時間くらいで櫻子は店を出た。見送る時に翔は櫻子に
「今度来店する時は楽しい雰囲気でお願いね。」と言われた。そのことは一層肇の
せいだと翔に思わせてしまうのであった。
オーナーも店から出て行くと翔は肇を拓郎に任せて、自分はサッサと他の客の元へ
行ってしまった。
それから二週間以上、櫻子はノアに来店しなかった。肇は何となく自分のせいの様な
気がして責任を感じていた。
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