第6話 ドラキュラさんの歓迎
「おばちゃん、おはよう!」ホストのひとりがやって来た。
「あっ、ケン君、おはよう。」
「おはよう!」また一人やって来た。 「翔君、おはよう!」
次々に食堂に入って来るホスト達に 一人ひとり名前を呼んで挨拶している。
真紀さんもタマ子さんも凄いなあ、アットホームな雰囲気でホスト達も心が和むだろうと肇は思った。
ホスト達の集団が一頻り 自分の食べたい料理を取ってテーブルに着いた頃、今度は
チョット毛色の変わった集団がぞろぞろと入ってきた。
「おばちゃん、おはよう、今日もよろしくね。」と、丁寧な挨拶をしたのはドラキュラのナンバーワンだ。
「おはよう、ティファニーちゃん。」名前を覚えるのも大変だなと思ったが、それと
同時にノアのホスト達より 少し年齢が上みたいだなと気が付いた。
ティファニーは肇を見つけると
「あら、そこの見かけない男の子、誰?」と聞いた。
「昨夜、オーナーが連れて来た新しいホストよ。はじめちゃんって言うの」
「水野肇です。よろしくお願いします。」
「まあ、可愛い!よろしくね。」とティファニーが言うと 隣から
「ホント、可愛い!タイプだわ~」
とても男には見えない可愛い感じの人が肇の隣に来て言った。するとティファニーが「マリリン、手を出しちゃあダメよ。」そう言われると
「分かってるわよう、でもチョットだけこの太ももに触っちゃあダメ?」と言い終わらないうちにサッと肇の太ももをギュッと掴んだ。
「かた~い!スポーツ選手みたい、」
「マリリン!やめなさい!」
「はーい、」
肇はびっくりして声も出ず、ただ、目を丸くして驚くばかりだった。肇の周りには他のドラキュラの面々も集まって来て肇を取り囲み 皆口々に自己紹介をしている。中には肇の耳元で「サラよ、よろしくね。」と囁く者もいる。こんな時どんな態度をとるべきなのか全く分からず チョット身構えてしまった。
「ドラキュラさん、気に入ったのなら そちらで使ってくれませんか?」
翔が朝ご飯を食べながら 肇たちの方を見ることもせずに声だけかけた。
「あら、もう何かあったの?」とティファニーが聞いた。
「べつに…」
「どこで働くかは オーナーが決めることよ。」
ティファニーから言われた翔は 勢い良く味噌汁をかきこむと、食器をカウンターにさげ、サッサと部屋に戻って行った。
「何か翔は荒れているわね。」と 拓郎を見てティファニーが言うと
「昨夜、マリアさんとチョット…」
「マリアと?」
「マリアさんがはじめを気に入って、指名するなんて言うもんだから…」
「はあ~、焼きもち? マリアももめさせる様な事、言わなきゃいいのに……はじめちゃん、気を付けなさいよ、先輩の客は取っちゃあダメよ。」
「はい…」
「とは言え、客がホストを選ぶんだから 難しいわよねぇ。」
「今日は恐らく櫻子さんも来られますから… 櫻子さんもはじめを気に入ると大変ですよ。」
「オーナーも厄介な子を連れて来たわねえ、」
肇は何だかいたたまれなくて「すみません…でも僕、そんなにもてる方じゃないですよ。」と言うと、そこへ真紀が厨房から声をかけた。
「はじめちゃん、早く朝ご飯を食べて、テーラーに行って来るのよ、」
「あっ、はい、」
何となくどんよりとした空気が食堂内に流れたまま みんなは朝食を食べる事に集中
した。
食事を済ませた肇は 真紀に早く行く様に促され、オーナーから預かったと言う5万円を渡してくれた。
「あのー、真紀さん、この5万の中から1万だけ携帯の使用料金に使わせて頂けないでしょうか? 実はもうじき料金が引き落とされるんですが、預金残高がないんです。」
「あなたのお金なんだから、好きに使ったらいいわ。このお金は前借りなのよ。お給料から差し引かれるんだから、」
「あ…そうなんだ……」
「そうよ、当たり前でしょ、スーツは店からの支給だから心配しなくてもいいよ。」
「あ…はい……」肇は心の中でいろいろ考えた。(寮に5万と前借が5万じゃ給料をもらっても いくらも残らないだろうけど仕方がないな。でも住む所も食事も心配いらないんだから何とかなるか…)。
「はじめちゃん、テーラーの試着が終わったら パリスと言う美容室に行ってね。
神田純一さんと言う美容師さんがいるから、その人にやってもらうのよ。電話しておくから心配しないで、料金は後でオーナーに請求がいくから あなたは支払わなくてもいいわ。これ、テーラーと美容室の住所よ」
と言って、真紀は住所と簡単な地図を描いたものを渡してくれた。
「いろいろありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」
テーラーは繫華街より少し手前にあった。まるでヨーロッパの仕立て屋の様な
佇まいで、アンティークな扉は真鍮の長い取っ手が付いていて、とてもおしゃれだ。
ガラスの部分にテーラー橋本と金色で描かれている。その部分はまさに日本だけれど
レトロな雰囲気はある。周囲も木立に囲まれた閑静な住宅街で 昨夜も車で通ったところだが 夜だったので良く分からなかった。ここは素敵な街だなと肇は思った。
お洒落な扉を押し開けると カラカラと心地良いベルの音が店内に響いた。店内には
人の姿はなく、肇は「ごめんくださーい」と ちょっとだけ大きな声で呼びかけた。
「はい、」と奥から出てきたのは初老の紳士で 白髪交じりの髪をワックスでビシッと整えて、白シャツにベストで決めた姿はこの店にピッタリだった。
「あのー、僕、ノアのオーナーから言われて来ました…」
「ああ、水野肇様ですね、オーナーから聞いております。もう、用意しておりますのでこちらへどうぞ、」と、奥の試着室に案内された。
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