第5話 新しい生活の始まり

 二人が部屋を出て行くと 肇は窓のカーテンを開けて外を眺めた。繫華街からさほど離れていないので 4階の窓から眺めると明るい街並みが輝いて見える。

「はあ……」とため息が出た。この3~4時間の怒涛の展開が今だに信じられず、何か実感がない… 「明日からホスト?」自分で自分に問うてみた。

「出来るのか?自分……」じろりと睨んできた翔の怖い目が思い出された。

「はあ……」と再びため息が出た。

でも、こんないい部屋に住めるし 真紀さんも愛美ちゃんも可愛いし……頑張らなくてはと思う肇だが、頑張る理由が少々不純な気がする。

この後、肇はベッドにシーツをかけ 枕と毛布にもカバーをかけた。そしてシャワーを浴びてリュックの中のTシャツとスエットに着替えてベッドに横たわった。

「久しぶりだあ……」 このところネットカフェなどで寝ていたので こんなにゆったりとした空間で気持ちのいいベッドで眠れるなんて夢みたいだと思った。

明日からの事を考えると不安でいっぱいだが、それは明日考えるとして今はこの幸せをかみしめて眠ることにしようと思う肇ですあった。

 ドアの向こうの廊下から何やら騒がしい声が聞こえてきて 肇は目を覚ました。

ホスト達が仕事を終えて帰って来たのだ。スマホを見ると午前3時13分だった。

「そうかあ…店が終わって帰って来たのか、自分も明日はこの時間に帰って寝るんだな、慣れるまで大変だ。」と思いつつも再び眠った。

次に目を覚ました時は 部屋のカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいた。

スマホの時刻は8時03分だった。

「あーよく寝た。皆さんはまだ寝ているんだよな。」

そう思って物音を立てないように気を付けて行動した。トイレを済ませ顔を洗い身支度を整えた。

「真紀さんはもう朝食の支度をしているのかなあ」と思い一階に降りていった。

思った通り厨房で忙しそうに働いていた。そばにはもう一人おばさんが調理している

「おはようございます。」と二人に挨拶をした。

「おはよう!おばちゃん、ほら、さっき話した新しく入った子よ。はじめちゃんって言うの。」真紀がそばにいる50代くらいの女性に肇を紹介した。

「水野肇です。よろしくお願いします。」

「あら、いい男ね。タマ子よ、よろしくね。」気のいいおばちゃんのようだ。

「あの、僕、手伝います。何をしたらいいですか?」

「いいのよ、あなた達からはお金をもらうんだから。」

「でも、僕はまだ何も……」その時、真紀がキャベツを刻んでいるのに気が付いた。

「あっ、僕がキャベツの千切りをします。」

「ええ?出来るの?太い千切りはダメよ。」

「大丈夫です、千切りには自信があります。僕、母が8歳の時に亡くなって父とふたり暮らしだったもので 小学校の頃から簡単な料理は作っていたんです。」

「そうなの……結構苦労しているのね。」

「いや、別に苦労じゃないですよ。」肇は話しながらサクサクとキャベツを切り始めた。

「あら、上手ね。じゃあ千切りはまかせた。私はハムエッグに取り掛かるわ。」

「私は味噌汁に取り掛かるよ。」とタマ子。

「何人分作るんですか?」と肇が聞くと真紀が答えてくれた。

「28人分よ、ノアが 貴方が入ったので15人で、ドラキュラが11人、あと豊さんと……」

「ドラキュラ?」

「ゲイバーよ、聞いていないの?」

「ゲイバーもやっているんですか?」

「そう、楽しい人達よ、」

「そうなんだ……」

「うちはノアもドラキュラも高級路線でやってるの。お客様もお金持ちばかり、高い料金を頂いているから品よく接客するようにみんな心掛けているのよ。でもお客様を

楽しませる事は忘れないように、」

「僕、出来るかなあ……」

「初めは先輩達のアシストについて学ぶのよ。ボケーとしてちゃダメよ、でも肇ちゃんはきっと人気が出るわ。」

「そうかなあ……」

「だって、すごーく母性本能を刺激するから…奥様達はメロメロになると思うわ。」

「僕、そんな風に言われた事はないですよ。それに僕、ドジだから…」

「ドジなの?」 そんな会話をそばで聞いていたタマ子が

「こらこら、話しばっかりしていると 手が遅くなるよ。もうじき皆が朝食を食べに

降りて来るよ。」

「ごめん、おばちゃん、」

「すみません。」

ホテルのモーニングビュッフェには及ばないが 洋食派にも和食派にも合うように、

オムレツやハムエッグ、塩鮭や味噌汁等々バラエティーに富んだ料理が次々にカウンターに並べられていく。

「どれも美味しそうだなあ、もうお腹が空いてきた。」

「よく食べそうね。昨夜のカレーの食べっぷりも良かったし、でも食べ過ぎて太らないようにね。肥満のホストはいらないのよ。」と真紀に注意された。

「気をつけます。」 母を早く亡くした肇にとって、こんな風にいろいろ教えてくれたり、注意してくれるのは何だか嬉しいのだ。ニコニコして真紀を見ていると真紀は

怪訝な顔をして 「ん?どうした?」と聞いた。

「いえ、別に…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る