第4話 真紀さんと愛美ちゃん

 「僕、そんなにイケてないですけど…」と肇は言った。

「オーナーのセンサーに引っかかったんだから自信もって、私も君、イケメンだと思うよ。」

「はあ……」

真紀は厨房に入ってカレーを温め始めた。いい香りがして来る。3時間くらい前に小さな弁当を食べたが、その香りを嗅ぐとお腹がグーとなってしまった。

「あらあら、お腹の虫が随分と騒がしいわね。もうチョットだからね。」

「すみません、催促したみたいで恥ずかしいです。」

「はじめちゃんって 随分純情なのね。大丈夫かなあ、ホストやれるの?」

「自分でも無理じゃないかと思ってて、オーナーにそう話したら 昼間に就職活動をしてもいいと言われました。」

「そうなの? ふーん、でも取りあえず明日はテーラーに行ってきてね。スーツがないと仕事にならないから、」

「はい、」

真紀はカレー皿にカレーをよそいながら「チョット多めによそったからね。」と言い

厨房のすぐ前のテーブルに置き 水もコップに注いでくれた。肇はカレーが置かれた

テーブルの椅子に座り「うまそう…いただきます。」と言うなりパクついた。

「うまい!」

「いい食べっぷりね。食べたら部屋に案内するからね。」

「はい、ありがとうございます。」

「ああ、そうだ、部屋にシャワールームはあるけどバスタブはないの。浴槽に入りたければ この階にサウナの付いた。5~6人は入れる浴室があるわよ。」

「へぇ~凄いなあ、でも今日はシャワーでいいです。」

「そう、それから浴室の隣にはトレーニングルームもあるのよ。みんなそれを使って

体型を維持しているわ。」

「凄い!至れり尽くせりですね。」

「そうよ、だからうちの子はみんな辞めないの。ただし、部屋代と食費は月5万円が

給料から差し引かれるのよ。でも、5万で部屋代と食費って他ではまずないからね」

「そうですよね。」

「食費は食べても食べなくても月5万は引かれるからね。払い戻しはなし。」

真紀はとてもはきはきとした気持ちのいい女性だ。オーナーからの信頼も厚いようだ

肇はこの人、いくつなんだろうと真紀の年齢が気になったが、初対面で聞くわけにも

いかず、ただ、自分より年上なのは確かだなと思っていた。

その時、厨房の奥から声が聞こえて来た。

「ママー、眠れないの、ミルク温めてもいい?」

小学校の低学年くらいの女の子が出て来た。真紀の事をママと呼んでいる。

「あら、まだ寝ていなかったの?明日の朝、起きられないわよ。」

「だって、オーナーの声がうるさくて眠れなかったの…」

厨房の奥に引き戸があって、てっきり戸棚だと思っていたら、どうやら真紀親子の

部屋のようだ。まるで隠し部屋だ。

「このお兄ちゃん、誰?」と女の子は肇の事を聞いてきた。

「はじめちゃんよ、明日からお店で働くんだって、524号室に入るそうよ。」

「ふーん、拓郎兄ちゃんの隣かぁ、あたし愛美、はじめちゃん、よろしく。」

「よろしくお願いします。」

あまりにしっかりとした女の子なので肇はつい敬語を使った。真紀は面白がって笑っている。

「はじめちゃん、カレーを食べたら部屋に案内するわよ。」

「はい、」

肇は残りわずかになったカレーをかきこむと、手を合わせて「ごちそうさまでした。」と言った。

「ママ、私が案内する。」

「愛美、寝なくて大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。」

「じゃあ、ママはリネン室に行ってシーツを取って来るから、それまでお願い。」

「ハーイ、行こうはじめちゃん、4階だよ。」と、肇の手を引っ張ってエレベーターに乗り込んだ。4階建てだが4階のボタンはなく5階になっている。オーナーのこだわりか……

「愛美ちゃんって何年生なの?」と肇が聞くと

「女性に年齢を聞くなんて失礼なのよ。」と言った。

「はい、すみません。」

「まあ、いいわ、特別に教えてあげる。中央小学校の2年でーす。この前8歳になったの。でも、子供だと思って舐めないでね。」

「はい、分かりました。」

4階でエレベータを降りると、ホテルの通路のように長く伸びた廊下の両脇にルーム

ナンバーが付いたドアが並んでいる。

「524号室は一番奥の左側よ。」

愛美は肇を後ろに従えて大股に歩いて行く。母親譲りなのかこの年で姉御肌なようだ

「ここよ、」ドアの前に立つと肇に鍵を渡して「開けて、」と言った。

「はい、」ドアを開けると30平方メートル位の部屋にシングルベッドと、机と椅子が

置いてあった。部屋には、シャワールームにトイレ、クローゼットもある。

今夜は公園のベンチで寝る覚悟をしていた肇なのに まるでホテルの様な一室が自分の部屋として使えるなんて夢のようだ。

「愛美ちゃん、これ、夢じゃないよね。」

「ええ?何言ってるの?はじめちゃん、面白ーい!キャハハハ・・・」

笑い声はいかにも子供っぽくて可愛い。何がおかしいのか肇には、分からなかったが… 開けっ放しの部屋のドアから真紀が入ってきた。

「どう?気に入った?」

「もう最高です。こんな所に住めるなんて夢みたいです。」

「キャハハハ・・はじめちゃんって面白いよね。」と愛美が言うと真紀が

「オーナーとはどこで知り合ったの?」と聞いた。

「公園で……」

「公園?オーナーが公園にいたの?」

「いえ、僕が公園のベンチで寝ていたら 声をかけられたんです。」

「あーそうなの、ベンチで寝ていたの…じゃあ、ここは天国ね。」と真紀。

愛美は「はじめちゃんって野良だったの?」と言った。

「野良って……」

「ごめんね、この子チョット口が悪くて… 愛美、野良は失礼よ。」

「はーい、」

「これ、ベッドのシーツと これは毛布と枕とカバーよ。ホテルじゃないからベッドメイクは自分でやってね。」

「はい、」

「明日は10時からの食事が終わったら テーラーに行ってきて。その後に美容院に

行く事、髪が伸びているからチャンと整えてもらうのよ。お肌の手入れも教えてもらいなさい。」

「肌の手入れですか?」

「そう、磨けばもっと光るのよ。」

「はあ……」

「じゃあ、愛美、私達も自分の部屋に戻りましょ。早く寝ないと明日の朝起きられないわよ。」

「はぁ~い、はじめちゃん、おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る