第3話 住処はノアハイツ

 「ごめんね、翔はうちのナンバーワンなのよ。随分ライバル視されちゃったわね。もう…マリアちゃんたら もめさせる様な事を言っちゃって…あの子、反対側の通りにある(すいれん)ってお店の子なのよ。良く店が終わるとうちに来てくれるのよ。

もめない様に上手くやってね。さあ、これ以上何か起こらないうちに寮にいきましょう。」

オーナーのその言葉を聞くや否や 店長は素早く扉の方向へ向かった。

オーナーは店内の客に軽く会釈をしながらゆっくりと歩き、肇はその後ろを恥ずかしそうに下を向いて歩いた。先程の翔との出来事を見ていたホストや客達は どんな人が入るのか皆興味深々で気になっている。一人の女性客から声をかけられた。

「はじめちゃーん、私も指名するからねぇー、頑張ってー!」

肇は恥ずかしくてたまらなかった。それにほかのホストの視線が険しくなったのも

感じたが足を止め その声の方向へ向かい

「はい、ありがとうございます。」と頭を下げた。

オーナーは後ろを振り向き「皆様、明日から働きますので はじめちゃんをよろしく。」と言った。何だか前途多難だなと肇は思った。

 店長が扉を開けてくれて店を出ると 乗ってきた黒塗りの高級車は店の前で待っていた。今度もドアボーイが車のドアを開けてくれて、オーナーと肇は後部座席に乗り込んだ。

「寮に行ってちょうだい。」運転手の豊に行き先の指示を出すと肇に向かって

「あなたに聞いておかなきゃいけない事があるわ。」と言った。

「はい、何でしょうか?」

「公園のベンチで寝ていた理由、」

「ああ、4ヶ月前に会社を首になって、しばらくは貯金を取り崩しながら生活をしていたんです。就職活動もうまくいかず、とうとう金が底をついて 今日から路上生活をするつもりだったんです。そしたら、オーナーに声をかけられて……」

「あら、運のいい子ね。親御さんとか頼れる人はいないの?」

「父がいますが、父には新しい家族が出来て 僕、邪魔したくないんです。」

「そう……じゃあ、翔と似ているわね。翔の場合は母親に新しい男が出来て 家に居づらくなって家出したのよ。まだ高校生だったのに……」

「高校生ですか…まさか高校生でホストを?」

「まさか、私は法令遵守がモットーよ。大人になるまで寮でお手伝いをしてもらっていたのよ。」

「そうですか…お手伝い…」

「変な事考えないでよ。私は店の子に手を出したりしないから、」

「いえ、そんな事…べつに…」

「翔はね、もうホスト歴8年。はじめちゃんより2歳年上、彼も初めはホストを嫌がっていたんだけど今ではナンバーワン、あなたも頑張ればそうなれるわ。」

「はあ……でも僕は出来れば昼間の仕事がしたいんです。」

「あら、ホストは嫌なの? 惜しいわね、その顔は昼間の仕事じゃ かえって邪魔になるんじゃないの?」

「ええ?」

「まっ、いいわ。仕事は夕方だから、昼間に就職活動もしたらいいんじゃないの。

頑張りなさい。」

「あの、とても感謝しているんです。僕、住むところを提供してもらって本当に助かりました。この恩は必ずいつかお返しします。」

「ハハハ・・・大袈裟ね。」

二人がそんな会話をしていると、いつの間にか寮に着いていた。4階建ての小さなホテルの様な佇まいだ。入口の上には(ノアハイツ)と名前が入っている。

車は地下の駐車場に入って行った。地下は車が30台くらい入りそうなスペースがある。 エレベーターもあって扉の前で車は止まった。

「さあ、案内するから上に上がりましょ」そう言ってオーナーは車を降りてエレベーターに乗り込んだ。想像以上の展開に肇は驚きとともにチョットワクワクしてきた。

「僕、こんなホテルみたいな所に住めるんですか?」

「そうよ、よそのクラブじゃあ絶対にないと思うわよ。」

「ですよね、多分…」

一階でエレベータを降りると そこは食堂だった。企業の社員食堂のような雰囲気だ

厨房には おばさんかと思いきや結構若い女性が一人いた。

「真紀ちゃん、この子明日から働いてもらう事になったはじめちゃん。524号室に入れるから よろしくね。」

「水野肇です。よろしくお願いします。」

「真紀です。よろしく、食事は午前中が10時からと午後は4時からよ。私の他にもう一人、タマちゃんって言う通いのおばちゃんがいるから、明日の朝には会えるわよ。」真紀がとても慣れた感じで説明してくれると、オーナーが

「はじめちゃん、お腹が空いているんじゃないの?」と肇に聞いた。

小さな弁当を一つ食べただけなので その後この急展開だ。すでにお腹は空いている

「あっ、はい……」恥ずかしそうに答えると

「真紀ちゃん、何か残ってなぁい?」オーナーが聞いてくれた。

「カレーなら少し残っていますけど、」

「カレー、大好きです。」肇は少し食い気味に言った。

「フフフ…今、用意してあげるわ。」

「じゃあ、真紀ちゃん、後は頼んでいいかしら、私店に戻るから。スーツの事はいつものようにテーラー橋本に電話をしておくから、はじめちゃんに教えてあげてね。」

「あっ、僕、スーツは持っています。ほらこれ、」

肇はダウンの下に着たスーツを見せた。

「こんな安物じゃ店には出られないのよ。うちはユニホームのようにみんなお揃いの

ブラックスーツなの 店で見たでしょ?」

「はい、すみません。」

「はじめちゃん、オーナーに任せておけばいいのよ。」と真紀が口を挟んだ。

「じゃあ、真紀ちゃん、後は任せたわよ。明日の6時には店に出勤させてね。」

「はい、分かりましたオーナー。」

それを聞くとオーナーは「じゃあ、はじめちゃん、男前に磨きをかけてね。」と

言うとエレベーターに乗って去っていった。




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