冬休み、僕らは餅屋へ

きうり

 大学が冬休みに入り、帰省した折に知子さんを食事に誘ってみた。電車に揺られて、山形駅の改札口の前で待ち合わせである。僕が行くと、彼女はすでにダッフル・コートを着て待っていてくれた。

「やあ。待った?」

 デートで待ってくれていた女の子に、一番最初にかけるのにふさわしい言葉を僕は知らない。結果、とても月並みになった。すると知子さんは、

「大丈夫」

 とはっきりした口調で答えた。口元にまでぐるぐる巻かれた茶色のマフラーから吐息がもわっと立ち上り、黒いスクエアフレームの眼鏡が曇る。

「時刻表だと知子さんの方が電車が着くの早いみたいだったから、寒い中待たせちゃうかなって思った」

 僕が言うと、彼女はもう一度、大丈夫と答えて、

「さっきまで待合所で本読んでたから」

「本か。何読んでたの?」

「飛ぶ教室」

 本当はここで、クリスマスシーズンにふさわしいねと言うべきだったのかも知れない。が、この時の僕はケストナーのケの字も知らなかったので、ひどい勘違いをした。

「え、もしかして昔ジャンプで連載してたやつ?」

「……知らない」

 抑揚のない声で彼女はかぶりを振った。それを見て、この話はこれ以上はやめておこうと直感的に決めた。

 時刻は午前11時。昼間とはいえ、冬の山形駅の構内は決して暖かくはない。じゃあ行こうか、と僕は促して、並んで歩き出す。

「お餅屋さんに行くの?」

 口元まで巻いていたマフラーをかるく下ろして、知子さんは尋ねてきた。

「うん、そのつもり」

 僕は頷く。駅から歩いて三十分ほどだろうか、十日町の繁華街に餅屋があるのだ。高校時代にアルバイトで勤めたことがあり、気付けばお気に入りの店になっていた。

「餅は、お正月以外で食べることってほとんどないな。しかもお店の中で食事できるんでしょ? そんなお店初めて」

 知子さんの口調はあまり抑揚がないが、初めて、という言葉からかすかな期待する響きが感じられて、お店選びは間違っていなかったなと僕は安堵した。

 それにしても、相変わらず知子さんはきれいである。目は一重で細く、決して女優やアイドルのような華やかな顔立ちではない。だけど細面に色白の肌、美しく引かれた眉のラインと鼻筋とのバランスは絶妙だ。大学に進学してからかけ始めたらしい眼鏡も、奥ゆかしさと知性を際立たせている。

「すごい雪だね」

 ガラス張りの壁の向こうでは、大粒の雪が降っていた。階段を下りれば駅前のロータリーに出るのだが、雪に慣れているはずの山形県民でも、ちょっと外に出るのを躊躇うほどの降り方だ。

「本当だ。どうしよう知子さん、バスで行く?」

「どうしよう。大輝くんは……」

「僕はどっちでも」

 と答えてから、しまったと思った。女の子のことを気遣うなら、「濡れるとよくないからバスで行こう」とでも答えるべきだったか。よりによってどっちでも、とは我ながらひどい。

「うーん、寄りたいお店とかもあるから歩きでもいい? 大輝君は平気?」

 だが知子さんはそう尋ねてきた。一瞬、皮肉じゃないだろうなと不安になったが考えすぎだろう。

「僕は大丈夫。寄りたいお店ってどこ?」

「ビブレと船山書店。CDと本を見たくて」

「いいよ」

 僕らは並んで雪の中に踏み出した。ロータリーの石畳に一度は積もり、溶けかけていた雪は醤油をかけた大根おろしのようだ。今、そこへさらに真っ白な雪が積もり始めている。僕らはフードをかぶって、たちまち雪まみれになりながらその積雪を踏んだ。


(つづく)

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