やっと会えたね
零れる涙を拭うこともせずに呟いた言葉にジークが顔を歪めた。
あと少し、あと少しで思い出せる。
最後のピースはきっとジークが持っている。
混濁する記憶の海の中でユリアは何かを堪えるように顔を歪めて拳を握りしめるジークを見ていた。
覚悟を決めたように、全てを諦めるように、ジークが言葉を紡ぐ。
「私は、ジーク。冥府の官吏をしているジークですよ」
「、じーく、さ」
言い聞かせるように紡がれた言葉に、くしゃりと顔を歪める。涙は止まらない。
ちがう。そうだけど、ちがう。
「ゆうしゃさま」
無意識に零れ落ちた言葉にジークが目を見開いて固まった。
信じられない顔でユリアを見ている。
震える声が、縋るように音を紡いだ。
「せいじょさま……」
呆然と立ち尽くすジークをユリアもまた呆然と見つめる。
最後のピースが嵌った瞬間に、全ての記憶が整理されて流れ込んでくる。
また涙が流れた。こわばった表情がぎこちなく笑みを作る。
そして、震える手を固まるジークに伸ばした。
「勇者―――――ジークハルト様。やっとお会いできた」
「せいじょさま、」
泣き笑いの表情で伸ばした手を包み込んでくれる大きな手に安心しながら、静かに涙を流すジークハルトを見つめる。
「思い、出したのか」
「はい」
掠れた声が紡ぐ言葉にユリアリアは静かに頷く。
くしゃりと表情を歪めたジークハルトが慟哭した。
「なんで!どうして!」
「ごめんなさい」
俺が死ぬはずだった。俺が。なのにどうして!と叫ぶジークハルトにユリアリアはただ謝ることしかできない。
それでも、生きていて欲しかった。あなたが守ってくれた世界で、あなたが生きている未来が欲しかった。ユリアリアの隣で笑ってくれたあなたの明日が欲しかった。
「そんなの、俺だって……。
ひどい女だ」
俺に、誰かと生きるぬくもりを、幸福を、教えておいて置いて逝くだなんて。
泣きながら伸ばされた腕をユリアは笑って受け入れた。
痛いくらいに抱きしめられながらそっと逞しい胸板に頬を寄せた。
やっとだ。やっと会えた。
この瞬間の為にずっとわたくしは世界を廻って来たのだ。
「ユリアリア」
確かめるように何度も紡がれる音に応える。
「もう、どこにも行くな。
俺はアンタがいなきゃ生きられない」
「はい。今度はずっと一緒にいましょう」
あの時、何よりも欲しかったジークハルトとの未来の約束。
ユリアリアは幸福そうに微笑んだ。
「話は纏まったか」
空気をぶち壊すように現れた冥王にジークハルトがユリアリアを隠すように抱きすくめた。
それにユリアリアは幸せそうに笑う。
呆れた冥王の視線とジークハルトの警戒に満ちた視線は平行線をたどる。
ユリアリアはそっとジークハルトの腕を叩き、するりとその腕をすり抜けると膝を折る。
「夜の男神のご慈悲に感謝いたします。
お言葉通り、好きにさせていただくことに致します」
頷いた冥王――――夜の男神にユリアリアはふわりと微笑む。
「つきましては、このまま冥府に置いて頂きたく存じます」
「……好きにせよと申したのは我だからな。
良いのか?」
それが朝の女神のことを指していると察したユリアリアは困ったように眉を下げた。
「ご迷惑、でしょうか?」
「いや。我としてはとても都合が良い」
口の端を釣り上げた夜の男神にユリアリアは深々と頭を下げた。
「そういう訳だジーク。
最後の慈悲をくれてやる。
我の下でこれからもキリキリ働け」
未だに警戒の滲む目でこちらを睨んでいるジークに冥王はそう言い残すと姿を消した。
「ジークハルト様、改めてよろしくお願いします」
「……色々説明が欲しいんだが。
ま、アンタが笑ってるならいいか。
改めてよろしくな、ユリアリア」
差し出された大きな手に手を重ねて微笑み合った。
世界を廻る のどか @harunodoka
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