第三話
第16任務部隊の旗艦を務める重巡「ミネアポリス」の艦橋。オーブリー・レイ・フィッチ少将は作戦を修正すべきかどうか悩んでいた。
第一次攻撃隊を発進させた今、彼の手元にはF4Fワイルドキャットが25機(うち2個小隊は直掩)、SBDドーントレスが66機、TBDデバステーターが11機残っている。フィッチはこれをどう出撃させるべきかを決めかねているのだ。撤退という手は無い。彼は臆病という言葉をアナポリスに捨てている。逆に、稼働全機を出撃させて日本艦隊を殲滅させるという計画さえ立てていた程だ。
そんな彼が修正を余儀なくされたのは、第一次攻撃隊の様子から初期の計画より直掩機が信頼できないことが分かったからだった。10年間を空母マフィアの一党として過ごしている彼は、まともな数の直掩機を付けずに出撃させてパイロットたちを殺すという手を取ることが出来るほど戦争に狂ってはいなかった。
「陸軍航空隊との共同攻撃は出来ないかな?」
「厳しいですね。連中が派遣したのはB-25を装備した飛行隊一個とP-40の飛行隊一個だけ、前者は今日未明に日本艦隊を攻撃して壊滅していますから飛ばせる機自体どれほど残っているやら……それに後者の連中は、地図ではなく建物で世界を見ていますから」
「糞ったれの陸軍め」
フィッチの案に航空参謀のメイロート中佐が、ここにいない彼らを嘲るように返す。その不愉快な事実を思い出したフィッチは、アナポリスの元体育教官らしい荒っぽい態度で毒づいた。つまり、陸軍航空隊は地測航法ー地形上の目印などを頼りに飛ぶ方法ーしか出来ないので、海上など危なっかしくて飛ばせない、という訳だった。
「しっかし……なら何故B-25は日本艦隊の元に着けたんだ?」
「彼らは特殊訓練を積んだそうです。何でも計画されていた特殊作戦用の部隊だったとか」
彼らは知らなかったが、海軍の上層部は最初「ポーシャ」作戦ではなく別の作戦を行うつもりだった。当時帝国海軍は潜水艦による本土砲撃や西海岸での通商破壊戦などを大々的に実施しており、ルーズベルト政権は国民に軍の信頼性を取り戻させる必要があったのだ。作戦の詳細は未だに分かっていないが、戦後断片的に公開された資料を組み立てると、「空母で日本近海まで運ばれたB-2516機をもって日本本土を空襲し、中華民国へ着陸する」というものだったとされている。この作戦が中止された理由は簡単だった。当時の日本本土の防空網を過大評価していた彼らにとって、あまりにも冒険的すぎたからである。さらに海軍も反対した。海軍の果たす役割が、つまるところタクシーのようなものでしか無いからであった。止めを刺すように2月、日本軍が浙江省近辺で第三次長沙作戦を発動し中国軍が敗走したことが伝わり、作戦は諦められた。彼らは決死の作戦を命じることと、必死の作戦を命じることとの違いを理解していた。
その代替案として当時ほとんど守備隊の置かれていなかった硫黄島の占領および救援に来る日本機動部隊の撃滅という作戦が立案され、「ポーシャ」作戦として実施されたのだった。フィッチは幸運だった。彼はどこまでも現場の人間であり、またそうであることを望んで積極的に訓練を施したため、政治の嵐と彼が清くあるべきと信じた海軍の醜い姿を見ずに済んだのだから。
話は現実の戦場に戻る。フィッチは第2次攻撃隊の発進を諦めようかとさえ考え始めていた。一度浮かび上がったその考えは禁断のリンゴにも似た誘惑を投げ掛けてくる。撤退。撤退。未来のため、明日の合衆国海軍のための、未来への脱出。現実を粉飾し、国家やハルゼーに嘘をつく。それを一度でも思った自分が許せない。
そうか。ハルゼーだ。
「航海参謀、
「そうですね……1400頃、場所は硫黄島南南西130海里といった所かと。触接機によれば彼らも前進を続けていますから、比較的早くなるはずです」
「なるほど……よし、全艦に伝達。『TF17ハ1245ヨリ稼働全機ヲ日本艦隊ニムケ出撃サセ、モッテ
「イエス・サー!」
艦橋の空気が一気に引き締まる。当然だった。合衆国海軍は、けして味方を見捨てて逃げることはしないのだ。
同時刻、第一航空艦隊。山口少将たちは困惑していた。
「何で水上部隊が突撃して来てるんだよ!」
「常識はどうなってんだよ常識は!」
当然である。巡洋艦五隻と駆逐艦七隻で戦艦三隻を含む艦隊に立ち向かうなど正気の沙汰ではない。誰も彼もが意味を図りかねていた。指揮官が誰だかは分からないが、米海軍はそこまで野蛮な行いをする海軍では無いはずだ。
(あるいはよっぽど大切な物でもあるのか?)
対応を協議するはずが罵倒大会となっている「飛龍」の艦橋で、頭の冷静な部分で山口は考える。しかし、参謀たちがまさかここまで混乱するとは。予想外の事態への対応力が低すぎる。いや、今考えても詮無き事だ。今この時点で米軍にとって大切なもの。……もしや。
「そうだ、北に行こう」
「司令?」
首席参謀の伊藤中佐や航空参謀の鈴木中佐が呆れたような声を上げるなか、山口は自説を説き始めた。
「今米軍にとって大切なものは空母だ。この艦隊はそれを逃がすために立ち向かっているんだろう。ならば我々も北へ向かい、残りの空母を殲滅する」
参謀たちの呆れたような表情が次第に恥じらいのものへと変わってゆく。自分たちが慌てていたことの実態に気がつき、馬鹿らしくなったのだ。
山口は参謀たちの顔を見渡し、命令を発した。
「よし、第一航空艦隊はこれより北進、残存敵機動部隊を撃滅すべく索敵機を発進させ、発見し次第これを攻撃し、撃滅する!なお接近中の敵艦隊への航空攻撃は行わず、水上砲戦で叩く。いいな!」
「「「はっ!」」」
こうして、空母対戦艦の直接対決の部隊は整った。後にさる歴史家は彼らの向かいつつある戦いを、「教科書通りの展開の末のカオス」と表現することとなる。
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