第七話
仰角をほとんど水平に取った一、二番砲塔。刻一刻と迫りつつある敵機。十数キロ先では黒煙が上がっている。恐らくは敵機だろう。それでも二十機程度が残っているようだ。海面を匍匐前進するような高度で突っ込んでくるのが見える。通信参謀が叫んだ。その言葉を聞き、口角を少し上げる。頃合いだ。
第六十一駆逐隊の旗艦「
「いてまえ!」
「目標、左七○度、距離一○○、速力二五○ノット、海面付近の敵編隊!全砲塔、撃ちぃ方始め!」
砲術長が叫び、その声や遅しとでも言いたげな砲声が轟く。音速を遥かに上回る砲弾が、敵機目掛けて打ち出されたのだ。数は五発。各砲塔の一番砲ー左砲身から飛び出し、グラデーションの空へと駆け上がる。信管は時限型と触発型の両方がセットされていた。届くまで二十秒程かかるだろう。その成果が分かるよりも早く、二番砲が火を噴く。二秒毎に放たれる、炸薬入りのストレート。一門当たり毎分十五発ー即応弾まで使えば毎分十九発を誇る長十サンチ砲の速射性能、その神髄が発揮されているのだ。心強さと共に心地よさすら覚えるその甲高い砲声をBGMに、初弾が炸裂するのを待つ。三。二。一。今!
敵編隊の僅かに上で爆煙が生じた。見た限りでは二機がよろめくようにその翼を海面に沈めている。それを号砲としたかのように爆ぜる十サンチ砲弾の中、双発爆撃機の群れはプロペラが海面を叩きそうなほどに高度を下げた。 上昇する機体はない。雷撃機は低高度に行けば行くほど生存率が高まるのだから。普通なら。
(だが、そこに隙が生じる)
続けて二発目、三発目の信管が作動。彼らを追うかのように爆発する高度を下げた砲弾が、敵機の一つを真正面から捉える。触発信管と時限信管がコンマ数秒の差で役目を果たし、破片の嵐で正面銃手を殺戮しつつ機体にあまりにも大きな破孔を穿つ。哀れな彼らがただ一つ幸運だったのは、苦しむことさえも出来なかったことだろう。その他のさまざまな未来や快楽、栄光と引き替えではあったが。
どよめきのような歓声が広がりつつある艦橋で、一人吉松はほくそ笑んだ。
(電探で速力を探知して、そのデータに基づいて時限信管の作動時間を調整して叩き付ける。そりゃ命中精度も向上するってわけだ。しかも今回は雷撃機だから、面倒な高度調整も不要になる。そこまで揃えばあとは簡単なお仕事、って奴だな)
航空機は我々が想像するよりも遥かに速い。例えばこの時、B-25は速力二五〇ノットで攻撃をかけてきたが、これを秒速に直すと毎秒百二十五メートル。さらにこれに三次元の機動も加わるため、高度や向かう方角などの情報も必要となるし、地球にいる以上逃れられない様々な事象ー風向、風速、空気抵抗による速度減衰などを正確に用いなければ、有効な砲撃にはならない。だが残念なことに、その数値全てが常に完全なものであるわけではない。さらに、砲手たちが常に完璧な仕事を行えるとは限らない。
というわけで、確率論を出来る限り味方に付けるために、様々な努力が払われることとなる。その一つとして、何とも直接的に高角砲の数を増やすというものが挙げられる。秋月型の初期案における長十サンチ砲八門搭載という計画が、実際には長十サンチ砲十門として建造されたことなどが代表例だろう。後に建造される山月型が砲弾の危害半径のより大きな長十二・七サンチ砲を装備したことや、日米両国で採用されることとなる近接信管についても同じベクトルの上にある話だと言えるだろう。
一方で、使用するデータを正確なものにするという手法もある。例えば電探を用いて敵速を正確に測定するといったような。今まで目視に頼るしかなかった敵速の確認が正確に出来るようになり、対空射撃の精度が大幅に改善され、この結果を招いたという訳だった。米軍はこれ以降、鈍重な陸上機による対艦攻撃を躊躇うようになる。
結局、投雷出来たのはわずか四機。三十三機中の、である。航空主兵主義の彼らは当然のように空母に狙いを定め、先頭を走っていた「赤城」へと襲いかかったが、操艦技術は世界一の帝国海軍にとって、一キロ弱も先からばらばらに投下された魚雷を回避することなど造作もない行いであった。この攻撃は、「ドーリットル・レイダースの悲劇」として「33ー4」という数字と共に米陸軍航空隊のトラウマとなる。
ただし、彼らを慰める要素が無かったわけではない。ヒトラー中佐の機が機銃掃射をかけており、その12.7ミリ弾が何の因果か南雲司令長官に生死の境を彷徨わせるほどの重傷を追わせることに成功していたのだ。もっとも、この時の次席指揮官は猛将として知られる
ともあれ、次席指揮官として指揮権を発動した山口は準備を整えつつあった第一次攻撃隊の発信を命じた。零戦五十四機、九九艦爆六十三機、九七艦攻四十八機から成る彼らは、陽光の迫りつつある空で見事な編隊を組むと、○五三○時、硫黄島へと進撃を開始した。
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