第六話
直掩として空にいた碇が敵機を見つけるまで、さほどの時間はかからなかった。敵方位について、司令部からモールスで打電があったのだ。それに従って飛び、翼端の蛍のような光を見付ける。間違いない。敵だ。
碇は素早く思考を巡らせた。こちらの高度は2000メートル。敵は……200から300といったところか。直前にさらに高度を下げるつもりだろうか。まあいい。こちらはまだ味方の対空砲火の射程には入っていない。よし。やれる。
一度大きくバンクし、フットバーを踏み込んで操縦桿を倒す。世界が大きく回転し、全てを呑み込むように暗い海面が迫ってくる。締め付ける
徐々に迫ってくる敵機の上部銃座が蠢いた。こっちを狙っているのだ。沸き起こる恐怖をちっぽけなプライドと使命感で押さえつける。どうした、碇 真治少尉。貴様は栄光ある帝国海軍の戦闘機乗りだろう。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。銃座がパッと赤く染まる。撃ってきた。敵全てが俺を撃っているような錯覚。恐怖がさらに誘惑する。逃げちゃだめだ!
勇気のありかを示した若者を、戦場の女神は見捨てなかった。機銃弾の投網に絡め取られることなく、教本通りの射点に付く。彼はさらに勇敢だった。九八式射爆撃照準機の中で恐怖にひきつる銃手の顔が見える程の距離まで迫って、二十ミリ機銃を放ったのだ。彼はこの日、三機を水葬に付すことになる。
最後の審判を告げに現れた残酷な天使のように美しい
ヒトラーは彼の叔父が同盟を組んでいることも忘れて叫んだ。
「あの忌々しい(自主規制)め!膿み爛れて汚らわしい(自主規制)野郎!」
彼には、見えるはずの無い敵機のパイロットが笑みを浮かべているように見えたのだ。冷静な部分ではそんな筈はないと思っていたが、本能がそう喚くのだ。不幸なことに、それは真実だったー碇は生き延びたことへの純粋な安堵から微笑みを浮かべていた。
何とか平静を取り戻すと、彼は爆撃機パイロットがあるべき態度に立ち返って行動した。密集するように無線に怒鳴り、周囲を確かめ、前上方から突っ込んでくるジークの小隊を認めると、一斉にスロットルを全開にさせたのだ。
この段階でドーリットル・レイダースは13機を失った。まともな夜戦装備も無い中で勇敢に立ち向かった直掩隊の勇気と技量を褒め称えるべきだろう。だが、彼らは地獄への道程を半分ほどしか進んでいない。
ヒトラーはあれ程しつこく噛み付いてきたジークが上空へと去って行くのに気がついた。直感的にその意味を悟る。対空射撃に巻き込まれないようにしているのだろう。ということは、あのおぞましい対空砲火が来ると言うことだ。開戦劈頭のオアフ島沖で、彼の仲間を奪い去ったあの
ドーリットル中佐直率の中隊が潜るように高度を下げた。それを確かめたヒトラーも叫ぶ。
「中隊、海面付近で
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