第三章 第五航空戦隊、第六十五駆逐隊

第一話

軍港は燃えていた。

ヒッカム、ホイラーなどの飛行場はあらかた鉄屑の堆積場と化しており、へし折られた翼たちが無念そうに空を指差している。ある程度の激しさを持っていた対空砲火でさえ、上空からの白い悪魔によって徐々に壊滅しつつある。少しでも発動機を回し始める機体でもあれば、オーバーキルと呼ぶに相応しい攻撃を受けて燃え上がるのがオチだ。

港湾設備の被害も深刻だ。ドッグではやたらと大きな爆弾を喰らった戦艦「ペンシルベニア」が、その艦体を一、二番砲塔の間で叩き割られて、涙のような黒煙を噴き上げている。その横にいた駆逐艦など、言うまでもない。復旧するくらいなら鉄屑にするべきだろう。潜水艦用の魚雷倉庫も被害を受け、地獄の釜が開いたかのような轟音とともに消し飛んでいた。

ただ、そんなことが霞んで見えるほどに、艦艇の被害が激しかった。

停泊していた戦艦七隻、空母二隻、その他の艦艇およそ五十隻の大半が水漬く屍と成り果てているのだから。

第三砲塔の主砲弾薬が大爆発を起こした「アリゾナ」、水線下に六本もの魚雷を受けた「オクラホマ」、ウェーク島への補給物資として積んでいた爆弾の威力を思い知らされた形となった「エンタープライズ」、「レキシントン」などを始めとして、ほんの数時間前まで二十世紀のスペイン無敵艦隊インヴィンシブル・アルマダとしてこの海をを太平の海たらしめていた合衆国太平洋艦隊は、今や壊滅していた。その周辺にいた陸海軍の航空隊をも巻き込んで。


しかし、このハワイにも不屈の男たちがいた。彼らはこの軍港の最後の希望となるべく、日本軍が察知していなかったハレイワ基地に集結していた。彼らは勇敢であった。恐らく日本軍は北方からやってきていると睨んで、索敵攻撃を仕掛けようと言うのである。

整備士の男が機長に向かって怒鳴る。

「お前らの機体は大丈夫だ!発進して、あのくそったれのサノバビッチジャップを吹き飛ばしてくれ!」

「ああ、任しとけ!俺たちが騎兵隊になるから安心しな!」

機長の男も負けじと怒鳴り返す。轟く何十基ものR-1820エンジンに声をかき消されないように。

攻撃隊指揮官兼機長のウィリアム・パトリック・ヒトラー中佐には自信があった。何しろ、彼らが駆る機体は世界初の戦略爆撃機、B-17なのだ。悪魔のような破壊力を誇る日本機の機銃にも負けない防弾性能を持ち、1000ポンド爆弾を6発持ち、ノルデン式爆撃照準器を装備している優秀な爆撃機である。その機体が36機、悪魔たちへの復讐として立ち向かおうとしていた。

「管制よりアベンジャー1、発進せよ。神の御加護を祈るゴッド・ブレス・ユー!」

「アベンジャー1より管制、了解!パーティーの準備でもしといてくれよ!」

確かに彼らは強力な機体に乗り、優秀な訓練を受けたパイロットたちだった。しかし、彼らは知らなかった。歓喜に包まれている帝国海軍第一航空艦隊には、世界初の防空駆逐艦で編成された駆逐隊が存在していることを。それが意味することを彼らが悟るまで、時間にしておよそ2時間であった。

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