第三話

そして進水式当日。第二種軍装シロフクに身を包んだ佐々木は、酷い後悔に苛まれていた。彼の脳裡には、昨日の荒ぶる自分自身の姿が「幼稚」の符号とともに刻み込まれている。彼は海軍軍人程度と言うにはいささか大袈裟な見栄を張る癖があった。付け加えて言えば、それを可能とする財力もである。


行進曲「軍艦」の吹奏とともに、舞鶴の船台からその艦が進水した。

つんとすました少女のような印象をどこかに持った艦首。やや円筒型に近い艦橋。帝国の駆逐艦としては初の、一本にまとめられた煙突。長船首楼型の船体。そして、未だ取り付けられていない砲塔の基部は、五つ。紛うことなき乙型駆逐艦が、産声をあげた瞬間である。

舞鶴鎮守府長官が、命令書を読み上げる。

「本艦を、駆逐艦『秋月』と命名し、艤装委員長に佐々木政一まさかず少佐を任ずるものとする!」

優美な名前に、万雷の拍手が賛意を示すなか、待合の名前を付けやがって、佐々木だけはそのようなことを考えていた。もちろん、彼は日本帝国海軍の士官であるから、そのようなことを思っているようには見えないようにしていたが。


艤装委員長としての佐々木の初仕事は、艤装委員たちへの訓示であった。三百人ほどの艤装委員を前にして、すっと進み出て、言葉を発する。

「はっきり言うが、俺の専門は水雷戦だ。だから、このような艦の指揮には不適当かもしれぬ。自分も当然軍人としての責務を果たすが、至らぬ所があると感じたら、遠慮無く具申するように、以上だ!」

彼の部下となる三百人が一斉に敬礼をする。その中に、およそ半日ぶりに見る顔を見つけ、佐々木は心の中だけで叫んだ。

天にまします八百万の神よ、私が何かいたしましたでしょうか。よりによって、昨日恥をさらした相手を部下に持つことになるなんて。


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