「お前より良い女見付けたし俺達別れよう」って言ったら1億円積まれた男子高校生

棘 瑞貴

「お前より良い女見付けたし俺達別れよう」って言ったら1億円積まれた男子高校生


「お前より良い女見付けたし俺達別れよう」

「え?」


 品行方正、容姿端麗、悪い所なんて何一つ無い筈の完璧美少女。


 それが俺の目の前に居る彼女、葉風 扇はかぜ おうぎ。俺は扇と呼んでいる。


 ちなみに俺は鍵野 智かぎの さとる、高校2年生。

 本当に何の特徴もない──いや、今まさにクズのレッテルを自ら身に付けようとしている物好きだ。


 それこれもこの女と付き合ってしまったからだ。


 彼女にはある特徴がある。それは──


「智……私何かした……?嫌な所があるなら言って。全部直して智好みの女になるから……!」


 彼女はすがるように俺の体に抱き付いた。


「……嫌な所、か。そうだな。この際はっきり言おう」


 俺はもう誰も居ない、夕暮れの教室で扇に告げた。


「お前の財閥とは付き合いきれん!!俺は一般人なんだよ!!毎月毎月たかが彼氏に金を送ってくるな!?」


 ──とんでもない財閥のお嬢様。それが葉風扇という女。


「お金のせいで……?で、でもそれはうちの実家が智の為にって……!」

「迷惑だ!全部使わずに取ってある、返すから俺とは縁を切ってくれ!」

「そ、そんな……いやでも駄目!そんなのお父さんに言えない!」

「け、結婚を前提に付き合ってるとでも言ってたのか!?」

「そ、それは……」


 重い、重いよ扇!

 だからあんなに金を送って来てたのか!?


 だが……俺はもうこの大金の重圧に耐え切れない……!

 どこの世界にたかが高校生の彼氏に毎月30万も送ってくる奴が居るんだ!


「智……本気なの……?」

「本気だっ!!俺はお前よりも普通な女の子を見付けたんだ!だから──」


 まぁ本当は別れる口実が欲しかっただけで、そんな人は居ないんだが。


 でももう無理だ。


 付き合って1年、楽しかったよ。

 扇は美人だし俺の好みどストライクで、性格だって良い。見ての通り少々重い女だが。


 扇が財閥の娘じゃ無ければなぁ……

 しかもとんでもない規模の財閥らしいし。

 扇は自分の家の事をほとんど話してくれないから詳しくは知らんけど。


 ん?そういや葉風なんて財閥あったかな?

 これだけ金のある家なら俺でも知ってそうだが……


 まぁ良い。

 扇との幸せだった思い出を振り返れば俺も辛いだけだ。


 さっさと元の……他人に戻ろう。


「──別れよう……扇」

「……っ」


 扇は俺の体から離れ、拳を握り締めている。


 強いな。泣かないなんてさ。


 俺は自分からフってるのに今にも泣きそうだってのにさ。


 それだけ俺は扇に未練がある。

 それだけ好きな女の子だった。


「扇……明日から俺達は他人同士だ。今までありが──」

「待って」

「……」


 扇はパッ、と手のひらを俺に向けて待ったを掛けた。

 

「お願いがあるの。どうしても別れると言うなら最後に私の家に来て欲しい」

「……どうしてだ」

「智はお金を返すつもりなんでしょ?だったら送った本人に渡しに行くのが"筋"ってものでしょう」

「それは……まぁ確かに……」


 ……行きたくねぇ……

 何て言って会うんだよ……


 あなたの娘と別れたいので手切れ金として今まで受け取ったお金全てお返ししますってか?


 結婚前提のお付き合いと聞かされた扇の親にそんな事言ったら殺されそう……


 いやまぁ本当の意味では殺されないだろうけど、今後社会的に色々やられそう……


 だが別れようと言った手前、そうはいかんか。


「よし……分かった。それならもう今日行こう。構わないか?」

「えぇ、父さんに連絡しておくわ」

「……おぅ……」


 そうして俺は扇に連れられ、彼女のご自宅に向かった。

 道中俺は自宅に寄り、今まで受け取っていた360万円をカバンに詰め込んだ。


 重い……重いよぉ……

 大体毎月現金で自宅のポストに送って来るなよ。

 母さんが毎月泡吹いて大変なんだぞ……


 俺の家から彼女の家までは電車で20分、徒歩で10分程の距離だった。

 歩いている最中俺達が交わした言葉は、「こっちよ」「あぁ……」くらいだ。超気まずい。


 だが気まずくて長く感じる時間も、やがて終わりを迎える。


「着いたわ」


 俺の前を歩く彼女が短く告げた。

 俺はな、ここに辿り着く数メートル前から嫌な予感がし始めていたんだ。


「さぁ、入って」

「……はい」


 とんでもなく広い敷地の出入口を閉ざす大きな門をくぐり、俺を出迎えたのは20数人程の派手なスーツの男達だった。


『お帰りなさいやせ、お嬢ッッ!!!』


「ただいま、皆」


 コワモテの男達が頭を下げて作る道を、飄々と歩く扇さん。

 

 はは……そりゃ扇が実家の話をしないはずだ。


 扇お前……


 財閥じゃねぇ……ヤクザのお嬢様だったのか!!??


 あぁ、俺これリアルに殺されるな。さよなら現世──





「……で、お前さんが扇の彼氏のあんちゃんかい……?」

「さ、さようでございます……」

「ほうか……まぁ事情は扇から聞いたわ……」


 ドスの効いた低い声、恐らく墨の入っているであろうデカイ体。

 龍○如くとかでしか見たことのないモノホンが目の前で俺を見下ろしている。


 え?俺か?土下座してるよ?

 だって今すぐにでも抹殺されちゃいそうだもんっ!!


 だだっ広い畳の部屋には親方さんと、幹部であろう袴の男達が数人。

 俺を囲うように立ち尽くしている。ものすんごい威圧感を放ってな。


 扇は幹部達が引き止めたが俺の隣に居てくれている。ありがとう扇!大好き!!


 ついさっきまで別れようとしていたのに、手のひらの柔らかい俺であった。


「なぁ……兄ちゃんや……」

「! は、はい!」


 俺はそっと頭を上げ、緊張で震えながらも親方さんを見た。


 グラサン掛けて着物着て……マジパネェ……


「ワシはなぁ……兄ちゃんが扇と結婚する言うから毎月金渡してやぁ……ちょっとでも扇が苦労せんようにぃ思うてたんや……」

「はい……」


 親方さんは立ち尽くすのを止め、俺の目の前にあぐらをかいて座り込んだ。


「そのお礼がこれかぁ……!?」

(ひぃぃぃぃいい~~~!!!)


 身震いが止まらないよ!

 これ駄目だ!俺もう終わりだ!!母さん、わりぃおれ死んだ!!!


「父さん!あんまり彼を困らせないで!」

「ん……あぁ……すまんすまん」


 扇さんっ!!

 あぁ何で俺はこんな良い彼女を振ろうとしたんだろうね!後悔で胸が痛いよ!!


「智も。いつまでも怯えてないで早くお金返して、さっさと……」

「扇……?」


 今しがたまで強気な扇だったが、何かを言おうとして言葉を詰まらせた。

 続きを口にしようとする彼女の目元からは涙が零れ始める。


「……さ、っさと……帰って……私達の関係をっ……終わりに……うぅっ……っ……!」


『!!』


 そこからは早かった。

 俺を取り囲む男達が各々、手早く銃や刀を取り出し俺に向けて来た。

 ここ日本だよね?


「おい……お前ら……物騒なもん出すなや、娘の前やぞ……!!」

『す、すみません!!』


 わーお、親方さんの一瞥で皆武器をしまったよ。何て圧力だよ。


「ふぅ……」


 俺に向けられた危険物が消えたのを見て、思わずため息を溢す。


 しかし親方さんはそれを見逃さない。


「兄ちゃん安心しとる場合ちゃうぞ……娘は、扇はなぁ……兄ちゃんと別れたぁのうて泣いてんちゃうんかい。お前さんこれ見てなんも思わんのか……?」

「……」


 言われなくても分かってるよ……

 扇はずっと泣いて体を震わせてるしな。


 さっき泣かなかったのは強がってただけなんだな。

 それでも……俺は……


「……それでも俺は、これ以上扇とは付き合えません。扇に問題がある訳じゃないんです。毎月毎月、こんなお金受け取れませんから……」


 俺は再び頭を下げて持っていたカバンを突き出した。


 それを見て扇が再び嗚咽を上げる。

 周りからの圧が凄い。


 だが俺は言い切った。ここだけはチキる訳にはいかん。


 親方さんはカバンを受け取り立ち上がった。

 俺はそれを察してほっとして頭を上げた。

 

 その瞬間、俺が目の当たりにしたのは──


「扇からなぁ、こんなはした金じゃ足りん聞いてなぁ……ここに1億用意した。ワシもあんだけじゃ足りん思っとったから丁度ええわ。これで考え直してくれるか?」


 ──札束で出来た山が親方さんが居た所の後方に出現していた。


 え?今なんて言った?1億……?は???


 俺は意味が分からず固まってしまう。


 待て、扇さんや?俺は金が足りないんじゃなくて、金の重みに耐えきれないから別れたいと言ったんだよ?


「さすが父さん!」

「だろう……!」


 いやグっ、じゃねぇよ。

 そういう所だぞ扇。ズレてんだよお前。さっきまでの涙はどこ行った。


「あ、あの待って下さい……!俺はそういう意味で言ったんじゃ……!」


 親方さんは俺の話を聞く間も無く、再び俺の目の前に座り込んだ。


 そして驚くべき行動に出る。


「兄ちゃんや……」

「!?」


 親方さんはそのまま床に頭を着けたんだ。

 土下座。さっきまで俺がしていたのより深々と。

 

『お、親父!!』


 当然周りの幹部達も驚いて止めさせようとする。

 しかし親方さんは土下座を止める事なく言う。


「兄ちゃんな……頼むわ。ワシは古い考えの人間とちゃう。扇が惚れた男と結婚して欲しいし、その為やったら何でもやる。お前さんも見たやろ、この子は泣くくらいお前さんが好きなんや……」

「っ……」


 俺だって……扇の事は好きだよ。

 だけど1億って……重すぎるだろ!


「扇が兄ちゃんの話する時なぁ……ほんまに幸せそうなんや……早い内にお袋が死んでしもうたこの子がこんなに幸せそうにするんはほんまに久々なんや……兄ちゃんも玉ァ付いてるんやろ……ここで男見せてくれやんか?」

「父さん……そこまで……!」


 これ、断れる空気じゃないよな。

 嘘だろ?俺は今日このイカれた女と縁を切る為に来たのに、縁を強固なものにしようとされてるぞ!?


 どうするっ、どうすれば良いんだっ!?


「兄ちゃん……あかんか?」

「智……無理しなくて良いんだよ。やり直さなくたってお金は受け取って……?」

「あぁ……それで構わん。お前さんがこの子にくれた幸せを考えたら安いもんや……やけど、やけどあかんか……!?」


 やめろよ!とにかく色んな重さが全部俺に乗っかってるんだよ!!

 俺普通にクズだからこんなの受け取ったら大学も行かずに豪遊しちゃうよ!?


 あーでもずっとその隣には扇が居るのか。


 一瞬考えてしまったらもう止まらない。


 ──幸せな未来予想図が。


「あーーー!!もう、分かったよ!!別れない!!扇、俺がお前を幸せにしてやる!!!」

「智……!」

「よう言った……!」


 こうして俺は勢いに任せてヤクザのお嬢様と結婚を前提にお付き合いし直す事となった。

 

 どうしてこうなったんだ……


「そや、兄ちゃん。今日は泊まっていき。ちゃんとお前さんら二人の部屋用意しちゃるからなぁ……!」

「え?」

「も、もう父さんってば!」


 本当、どうしてこうなったんだ……





「智、もう寝た?」

「いんにゃ。頭が混乱して眠れん」

「そう……ごめんなさい」

「いや……」


 私は葉風扇。

 同じ布団で横になっている智の恋人。


 いや、婚約者と言うべきかなっ♡


 さっきの愛の告白が嬉しすぎて私も眠れないんだぁ。


 放課後いきなり別れようって言われた時は本当に辛かった……

 もう……智のバカ……


 あ、そう言えば──


「ねぇ智……今日言ってた私より良い女って結局誰だったの……?」

「ん?あぁあれなぁ」


 正直、智の口から他の女の事なんて聞きたくない。

 だけど智が良い女だって言うくらいだから、その子を調べて智好みの女にならないといけない。


 だから早く教えて智!


「嘘だよ」

「え……?」

「お前より良い女なんて居ねぇよ。あれは別れる為の口実って言うか……半端な言い方じゃ扇は諦めないだろうと思ってな」

「そ、そっか……」


 やばい。嬉しすぎて今超泣きそう。


 私は布団を頭まで被り、智に顔を見られないようにした。


「扇……その、なんだ……色々悪かった。だけどやっぱお金は受け取れないよ」

「も、もしかしてまだ足りなかった?」

「お前なぁ……そういう所だけはマジで直してくれ」

「うっ……」


 ど、どうしてだろう……お金なんていくらあっても良いものじゃないの?


「俺は母さんと二人暮らしだから正直めちゃめちゃありがたいよ?だけど俺には重すぎるよ」

「重いって……ちゃんと家まで届けるよ?」

「お前マジか。物理的な重さじゃねぇよ、何て言うか、圧って言うか……あれに手を出したらたぶん俺堕落するし」


 え、良いよ全然!堕落して働かなくても私が養って──


 ……もしかしてこれが重いのかな。

 これが智の言う私の嫌な所?


「……智……私の事嫌い?」

「んな訳無いって。好きだよ、じゃないと今こんな所いねーって」

「うん……私も智の事大好きだよ」

「……おう」


 ふふ、照れちゃって。

 

 私さ、本当に智の事が大好きなんだ。


 教室で横目で見る彼の横顔が好き。

 友達とじゃれあってる無邪気な彼が好き。

 私が疲れた時すぐに心配してくれる優しい彼が好き。


 一年の頃の小さな好きの積み重ねが、私に彼に告白する勇気をくれた。


 未だに手を出して来ないヘタレさんだけど、そんな彼の何もかもが好き。


 だから告白した時に「ずっと一緒に居ような」って言ってくれた彼のプロポーズの言葉が凄く嬉しかった。


「智──」

「どうした?」


 私は布団から頭を出し、用意していた一切れの用紙を智に見せた。


「私、もうこれ書いちゃったからさ……智も今書いて欲しいな。それで来年一緒に出しに行こう?」

「お、扇さんや……これって……?」

「うん!婚姻届!!」

「お前マジか」


 あ、あれ?引いてる!?

 さっき幸せにしてくれるって言ったのに!!


「だ、だめ……かな……?」

「いや……駄目って言うか──」


 智が何かを言おうとした時だった。

 襖で仕切られた部屋の外、廊下の方から誰かのうめき声が入って来る。


『うぉぉぉん……わ、ワシの可愛い扇がぁ……あんな馬の骨にぃぃい……!!』

『親父ぃ!そ、そんなに泣かんでくだせぇ!お嬢の幸せの為なんでしょう!?』

『だってぇぇ……あれ拒んだらワシ娘に超嫌われるもんん……!!扇ぃぃぃい……!!!』

『お、親父ーーーー!!!』


 父さん……憐れだよ。憐れ過ぎるよ……


 ほら!智も引いてるじゃんか!!


「ご、ごめんね智……あんな父さんで……」

「い、いや……娘想いの良い親父さんだよ。……はぁ……ったく──」

「智……?」


 智は体を起こし、私から婚姻届を奪い取った。


「ん、ペンは?」

「! こ、ここにある!」

「はいよ」


 私は智にペンを渡し、それを受け取った智はスラスラと記入欄を埋めていく。


「これ、合ってるか分からんけど来年出しに行くんだろ?これで良い?」

「さ、智……!」

「わっ、扇!?」


 婚姻届を差し出してきた智に思わず抱き付いてしまう。


「智……智ぅ……!!」

「泣くなよ……仕方ねぇな──」


 智は私の体を抱き締め、顔を近付けてきた。


 私は何一つ抵抗する事なくそれを受け入れる。


 智の唇は少しだけかさついており、私の唇から水分を奪っていく。


 そして水分だけじゃない、私から理性まで奪っていく。


「智……私……凄く幸せだよ」

「これから幸せにしてやるってのにか?」

「ふふ、じゃあ今からもっと幸せにしてね?」

「……初めてだから期待すんなよ?」

「私もだから大丈夫。ね、智──」


 私は愛しい彼に押し倒されながら、彼の熱い頬に触れる。


「──大好き。もう離さないでよね」

「あぁ……約束する。俺も大好きだよ扇」


 そして私達二人の影は重なり、幸せな朝を迎える。

 

 智、これ以上幸せにするって本当大変だよ?覚悟してね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「お前より良い女見付けたし俺達別れよう」って言ったら1億円積まれた男子高校生 棘 瑞貴 @togetogemiz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ