問題編2

 セロは手早く白い手袋を嵌めると、魔王の死体を調べ始めた。


「短刀が心臓に深く突き刺さっていますね。抵抗した様子はほぼありません。犯行推定時刻は身体の状態から見ておそらく30分程前」


「ね、ねえセロ……それ本当に魔王なの?」


「本物……かどうかは断定できませんが、少なくともこの男が強大な魔力を持っていたのは間違えなさそうです」


 セロが何か時計のような物を見せ、それに数字が書かれていたが、僕にはそれが何を意味しているかはよくわからなかった。ヴィオやトラバスが驚いているということは、魔力が高いということなのだろう。

 セロは死体をあちらこちらから眺めていた。

 僕もセロ越しに死体を覗く。魔王、と言うからには凶悪な要望を想像していたけど、少なくとも見た目だけは、普通の老人にしか見えなかった。


 魔王の部屋は、俯瞰すると一辺が15mほどの正方形だ。北側に少し高い段があり、その上に玉座がある。扉は南側にあり、死体はちょうど中央のあたりにあった。他には物らしい物は特に置いていない。セロが死体を見ている間に部屋を一通り調べたが、誰かが隠れているとか、特別な仕掛けがあるといったことは無かった。


 セロは視線を玉座に映す。虫眼鏡を取り出し、それを覗きながら部屋の中央から玉座まで歩いていった。


「玉座から部屋の中央までに血痕が続いています。ひょっとして、玉座に腰掛けている魔王に刺突したあと、部屋の中央まで運んだ……? 何のために——」


「お前ら! そこで何をしてる!」


 扉の向こうから太い声が聞こえた。男が、地面から生えてくるように現れた。筋骨隆々とした体に牛の頭を乗せたそんな容貌をしていた。

 巨大な長柄の斧を構えてこちらに向かってくる。まるで山が突進してくるようだ。トラバスが前に出る。斧と大剣が激しくぶつかる。


「まあ、落ち着けよ。俺らもこの状況に驚いてるんだよ、魔王四天王の土のトイトさん」

「何っ!」


 2人は弾けるように飛び退った。


「土のトイト……2階の守護者。土や岩を操作したり、すり抜けたりする能力の持ち主。仕事熱心。馬鹿力。単細胞。魔王城のほとんどを建築した。5年間付き合った彼女と最近別れ——」


 トイトが斧を振り下ろす。風が唸りを上げる。斧は地面に突き刺さる。トラバスは素早く後ろに跳んでいた。


「お前……どこからその情報を」

「情報源があってね」


 ふいに寒気がした。殺気。咄嗟に上に剣を払う。金属が当たる感触。緑髪の女が真上から剣を振り下ろしていた。かろうじて斬られずに済んだが、攻撃に反応できたというより、たまたま振った場所に剣があっただけだ。

 背筋に冷たいものが走る。部屋のどこかに潜んでいたのか。いや、部屋には僕達と魔王の死体以外は何も無かったはずだ。それに視線を遮蔽できるようなものも無い。しかしながら、この女が近づいてくる気配を一切感じなかった。。そもそも、この部屋に入るためには唯一の扉を通るしかないが、トイト以外は出入りしていないはずだ。


「貴様らが魔王様を殺したのかっ!」


 緑髪の女は見るからに激昂していた。こちらが話す間もなく、数え切れないほどの曲刀を一気に投げた。曲刀は不規則な軌道を描きながら、僕達全員を狙って飛んでくる。


 不規則だが、見切れない速度ではなかった。全て叩き落とす。そのまま一気に距離を詰める。首に向け剣を振る。届かない。女は剣で受けていた。そのまま押し合いになる。30秒ほどそうしていただろうか。膂力はこちらに分がある。このまま押し込んでいく。


「ヒオリ危ない!」


 ヴィオが叫ぶ。咄嗟に後ろに跳んだ。何かが体を掠めた。氷の槍が床に刺さっていた。振り向く。青髪の男が入口に立っていた。


「え……?」


 僕は目を疑った。青髪の男が5人に増えたのだ。

 青髪の男……青髪の男は突風のような動きで僕達を取り囲んだ。


「魔王様の仇だ! 死ねえ!」

「待て! 僕達が部屋に入ったときには魔王はもう」


 青髪の男達の1人が、杖をこちらに向ける。こいつも聞く耳は無いようだ。氷の刃が、四方八方から飛んできた。岩とナイフも飛んでくる。青髪の男の攻撃に、他の2人も呼応していた。剣を細かく振って撃ち落とす。トラバスは大剣を盾にして耐えていた。ヴィオは呪文を唱えている。セロはステップで躱しながら紅茶を淹れていた。


白銀流星群プラチナ・バレット!」


 ヴィオが無数の鉛玉を放つ。魔法っぽく言っているが、指の力で弾き飛ばしてるだけだ。氷が、岩が、ナイフが一斉に砕け散る。さっきまで部屋中に響いていた嵐のような音が引いていく。微かに、呻き声が聞こえた気がした。何発かは当たっているようだ。


「馬鹿な……」


 青髪の男が膝をついた。どうやら、ヴィオの鉛玉が幾つか直撃したようだ。4体いた分身も1体まで減っていた。どうやら、ある程度のダメージで消えるようだ。

 僕はすかさず距離を詰め、下段から剣を振り上げた。杖で防がれたが、力で押し切る。杖は予想以上に重たい。無理矢理に振り上げる。杖は重い音を立てて地面に落ち、そのまま青髪の男の分身の足元まで滑っていった。

 そのまま追い討ちをかける。しかし青髪の男はこちら以上に機敏な動きで下がり、分身の足元にある杖を拾った。敏捷性ではあちらに分があるようだ。

 青髪の男と睨み合う。呼吸をひとつ入れ、飛び込んだ。頭蓋を狙って剣を出す。向こうは氷を纏わせた杖で殴りかかってきた。

 武器同士がぶつかり合う。その寸前で剣が止まった。相手の杖も止まっていた。探偵セロがその両方を止めていた。紅茶のカップとソーサーを使って。


「みなさん、一旦休戦ティーブレイクにしませんか?」

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