第6話(2) 執事の苦笑
「ねぇ、この国の文字、例の文字に似てると思わない?」
「ザードランド……これは確か南の島国ですね」
「島国? 聞いたことないわ。小国なの?」
訊くと、シドは視線をフィリアへ向けた。ランタンの炎で紫色になった瞳がキラキラと輝いている。
職業柄なのか、いつも律儀に目を見ながら分かりやすく解説してくれるのだ。結構近いからドキドキしてしまう。睫毛が長いのね、などと思いながら見とれて彼女もキラキラの瞳をガンガン合わせていたら、やりすぎたらしく視線を外されてしまった。
「はい。確かに少し似ている様な気もしますが、全く同じではなさそうですね。そういえばザードランドは薄い褐色肌の人種の国だったと思います」
「まあ、それじゃ全然違うわね。私が見た黒髪の騎士は、もっと白っぽい肌をしていたから。ほら、シドみたいな」
「……、そうですか、では違うのでしょうね」
「ええ、でもその近くに存在する国は怪しいと思うわ。文化が交流しているなら似たような文字体系を使っていてもおかしくないもの」
「確かに、可能性はあると思います。近くの国を調べてみましょう」
そう言ってシドは他のページをパラパラとめくった。
息遣いにほんの小さな溜息が混じった気がしたから、やっぱり屈んでいる体勢に疲れたのかなと、フィリアは思った。
「ちょっと休憩しましょ」
少し経って、フィリアがシドの袖を引いた。
「お疲れになりましたか?」
「あ、ううん、そうじゃないけど」
シドがまたランタンを掲げて気遣いのこもった顔を寄せてきたから、慌てて首を横に振った。
シドを休ませてあげたかった。――という気持ちが半分。もう半分は単に……、
「私、あなたとお話しがしたいの」
「…………はい?」
「この間、海の話をしてくれたでしょう。お礼に空の話をしてあげるわ。ちょっと来て、あっちに星占いの本があるのよ」
少し得意げになりながら、以前バゼルと共に見た書棚へ向かって記憶を頼りに歩き出した。
この書庫にはフィリアの好きな占いの本が沢山存在するが、ある時父親が「魔道書のような物だ」と言い出して棚の最上段にしまってしまった。
時々バゼルにこっそり持って来てもらっていたから読むことはできたけれど、悲しい思い出だ。
それと思しき書棚まで到着するとフィリアが選ぶ本を見定め、最上段に置かれた青黒い革張りの背表紙を指差して求めた。それに応じてシドは備え付けの梯子を軽々と登り、一冊抜いて渡してくれる。
子供の頃よく使っていた占星術の本だ。一体いつの時代から存在するのか、背表紙は掠れてほとんど読めなくなっている。
それを受け取ると、彼女は梯子の三段目に腰かけてパラパラとめくり、簡易な星見盤のページを開いて手際よく星の位置を合わせ、心を込めてまじないを呟いた。
「ラサノ・ソ・モ・イギレ……」
古代に使われていたという星座の名前。これはフィリアのオリジナル占い法だ。どんな占いでもこれを呟くと当たる、気がする。
星見盤に現れた星の報せを利用し、頭の中にある自家製の摂理表から答えを導き出す。
すぐに答えが出て笑みがこぼれた。
「やった、尋ね人が見つかると出たわ。このままこの方法で黒髪の騎士を探し続けていればいずれ見つかるかも。これが私の趣味よ」
見上げると、すぐ傍らに立っているシドはフィリアの手元に優しく灯りを掲げてくれていた。ただでさえ鋭い鷹のような目をしているから、あおり図で見ると影のせいでちょっと怖く見えた。
「占星術ですか……当たるのですか」
「結構当たるわ。実感では六割程度だけれど」
「なるほど、六割」
「あ、バカにしたわね? 六割ってすごいのよ。趣味で六割よ?」
「いえ、バカになどしておりませんよ、すごいと思います。お嬢様が精霊に見初められているという噂は、本当なのでございますね」
シドは焦ったように取り繕ってその場に立ち膝し、フィリアの本を覗き込んできた。
「占星術の占いはどのような物なのですか。私にも教えてください」
そんなことを言ってくれた男性はフィリアの人生でこれまで一人もいなかった。一人もだ。どうして饒舌にならずにおれただろうか。
甲斐甲斐しい執事の為に彼女は占星術における星座の意味、惑星の運行と予測の伝承など、趣味の引き出しをこれでもかと開いた。シドも星座に関してはそれなりの知識があるようで一応の会話が成り立った。
「――だから、女王であるソラージュオレスの星が東の空にある時は、男王であるイギレティオーナの星が西の空にあったというわけよ」
「なるほど、それで二人は触れ合えないのですね」
「そう、でも、イギレティオーナは諦めなかった。星の軌道を変えてでもソラージュオレスに会う為に戦ったのよ。だから星見盤を動かすと二人がどこかで必ず出会えることが分かるの。運命ってそういうものなのかもしれないわね」
フィリアの好きな恋の伝説。古代から伝わる伝承は興味深い教訓ばかりだ。恋の為に戦ったイギレティオーナは運命に打ち勝った。それを知っているからこそ未来を人任せにしたくない。自分の未来は自分で切り開きたい。
手元の星見盤をクルクル動かした。
じわりじわりとソラージュオレスとイギレティオーナの星が近付いていく。
「……出会えたとて……」
「……え?」
それまで黙り込み、静かに聞き入っていたシドがぽつりと呟いた。その、消え入るような声に驚いて振り向くと、彼はフィリアの手元の星見盤を眺め、俯いていた。目元が前髪で隠れているからその瞳の色は分からない。
「なに?」
訊くと一瞬の間があった。
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