第31話 心を開く
聡里に心を開いてみると、明るい自分に驚く。自分は偏屈でも、冷静でもないとわかる。日頃自分を見せないで過ごしていただけなんだなと思い当たる。仲間の冴ちゃんやマヤに対しても…どこまでも強がって生きている。
普通の性格なんだ。当たり前に悩んだり、笑ったりできる。
自分の事をわかってくれる人が一人いれば良いって、山崎が言っていた。そんな感じか…山崎の言いたいことがわかった気がした。
「イストでおじいちゃんは何をしているの?」
「酪農…」
「え、じゃあ。おじいちゃんのところに行ってみたい?」
僕がそう聞くと、もう一度行ける?と聡里は聞いて来た。今度はおじいちゃんのところへ行ってみたいと。
「今日じゃなくて良いの?」
「うん、改めて行く。今日は阿弥陀田くんの行きたい所へ行く」
「よし、じゃあ、ここから船に乗るよ」
気持ちは高ぶっていた。聡里と二人連絡船に乗る。子供の頃乗ったことのあるその船は、大きなものではないけれど、未知の世界にこぎ出す。期待という特別な物を乗せていた。
「奇麗な水ね~」
「静かの湖はこんなものじゃないよ。透き通って、色んな色が見えるんだ。僕はそこで幼い頃家族で過ごした。親父がいなくなる前。人間の国へ行ったきりになる前の、懐かしい思い出深いところだよ」
「お父さん、子供たちの世話をよくしてた。仕事の他に幼稚園とか、私の居る施設とか忙しすぎて帰れなかったんだね」
「らしいね。僕は知らないで恨んでたとこあったけれど…忙しかったみたいだ。今でも忙しそうなのは一緒だからわかる気がするよ」
そう、親父の話まで聡里から聞けるなんて思ってもみなかった。僕はイストの湾を滑る船の中で心が満たされていた。
「帰りの船は3時です。それが最後だから気を付けてくださいね」
「ありがとう。またお願いします」
静かの湖の奥には密林地帯が広がっているらしい。それより奥は許可証がいるからとガイドさんから言われた。密林地帯には許可なしで入ってはいけないと何度も念を押された。
船着き場に下りると記憶の端にこの場所の景色は残っていた。
「こっち、来たことがあるよ。この道を進んでいくと湖がある。たしか、木道が続いているんだ。あった。ほらほら…」
思った通りの景色に出会えるのは嬉しかった。
「全然変わっていない。開発されないところなんだな。おじいちゃんのところは見渡す限り畑で全く違う景色。ここは雑木林の中に湿地帯だ」
バランスを崩すと落っこちそうな木道は、細い雑木の合間を縫って続いていた。
「これは何の花かな、一面に咲いてる。見たこと無いものばかりね」
聡里は不思議そうな顔で辺りを眺めながら、危なっかしい木道を注意深く歩いていた。
「聡里、こっち来て静かの湖への道しるべだ。あってるよ方向」
「うん、こっちね」
聡里のバスケットを預かって僕が運んでいた。中に小さな仔犬が入っている。
「わあ~奇麗。本当に水が透き通って、色んな色が見える。ここが静かの湖なのね」
「懐かしいな。二人で来れて良かった。見せたかったんだこの景色」
「うん、ここならあんなに遠くからわざわざ来たかいがある」
「だろ。そう思うだろ」
それから僕たちは言葉を失くして長い時間、黙って眺めていた。
「出して良い?」
「あ、そうだ。良いよ、出たいよね」
バスケットの蓋をあけると、中できょとんと眼を開けて仔犬が僕たちを見上げていた。
「おとなしいんだな。啼かなかった。放して水に落ちたりしないかな。泳げるのかな」
湖に面した休息地にベンチがしつらえてある。ここまでは足を踏み入れていいところなんだろう。近くにちょっとした管理小屋が建っていた。
「あ、駄目だ。向こうへ行っちゃう」
聡里が下に降ろした途端、仔犬は走り出してしまって、僕たちは驚いて後を追った。
「困った~見失ったら帰れない。どうしよう」
聡里は仔犬を追いかけながらもう弱音を吐いていた。確かにここで見失ったら見つけようもない。期限付きの滞在だから呑気にしてはいられなかった。
僕たちは管理小屋に近づいて様子をうかがった。
確かこっちに来たはずだった。建物の後ろに回ると仔犬の声が聞こえた。
「あ、あの仔、あそこにいる。あ、あれ?」
聡里の指さす方に仔犬はいた。髪の長い少女に抱かれて静かにしていた。
「この子まさかシトロン…なの?
あれ、優実…?いったい何で、どうやってここへ?」
「ええ、なんでって…」
聡里が言葉少なにもじもじしているのが僕には理解できない。それより、目の前のこの少女はいったい…なんだか不思議に気になって目が離せない。
「優実って聡里を知ってるんだ。お前、まさか…」
「え?」
「まさか…まさか、前に会ったことあるよね。まさか…サカじゃないよな。まさかそれがお前の飼ってる黄色いチワワ…」
「待って待って、そういうあんたは、誰なのよ?」
お互いすでに解っていた。確かめるのも面倒くさい。会った瞬間お互いのセンサーが作動して、どうやって再会の感動を共有すればいいのか…それさえも面倒な気がする。間違いなくその少女は…指名手配中のサカだった。
「シフォン、まさかね。なんでここに?しかも優実と一緒なんて…可笑しいでしょ」
サカは思った通り度胸のある女になっていた。もう何度も味わった敗北感。イメージは奴らに似ている。やっぱり、こんなタイプだ。
「こんな再会あるかよ。お前、みんなが必死に探してるよ。心配してるよ。僕が見つけたなんて知ったら何て言われるか、たいして親身になってもなかったのにって恨まれる。嫌だよ。そんなの」
「それよりなんで優実なのよ。シンと一緒に居るのが、どういうつながり、ここに来ていいの?またこんな良い子あんたが見つけるなんて許せない気分」
もう気分は最悪だった。そこまで言われて心配するのは性分に合わない。このまま黙って引き返したい気分だった。
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