第29話 静かの湖
サカの消息がわかるのはそれからもうひと月程先の事。もうしばらく誰もが心を痛めて待たなければならなかった。
その間にコンクール予選が終わった。いろいろあった日々の中で心を込めて弾いたピアノ曲はなかなかの出来映えで、上位三人に選ばれて次の決勝は二ヶ月後。その間少し心を休めたかったのと自分の進路を考えたくて、静かの湖への旅行を計画していた。
本当はトーンズに行きたいところだけれど、あそこに行ってしまうと帰りたくなくなる。何かを見失いそうで今回は我慢した。それとは違うところと考えた時、静かの湖が心に浮かんだ。夢の中で何度も出てきたあの場所に行ってみたいと思った。
静かの湖。そこには幼いころの記憶がある。出来れば日帰りでも良いから聡里と二人でこっそり行きたかった。
でも、あそこはこことは違う。結界を越えて行く。聡里を連れて行くなら確かめなくてはいけない事があった。
多分、聡里には秘密がある。初めて会った時感じたあの感覚は間違いなく、あの違和感は、聡里が人ではないと推測できるものだと感じる。その後問い詰めた時の親父のあいまいな返事。それが当たっているのか、どうか。聡里には知らされてないということもある、だとするとこれは難解な話でこれ以上踏み込んではいけない。
だけど、もし聡里が僕の思うような子ならその確信があれば、安心して恋もできるはずだ。
そんな気持ちが止められないでいた。確かめたい。毎日、ここ何日も親父を目で追っかけてその機会を狙っていた。
「なにか話でもあるのか?」
ついに来た。その時が来た。僕は心を決めて尋ねてみた。
「聡里のことを教えて欲しい。あの子は人、天使、そして、彼女はそのことを知ってる?僕に嘘をついてるとは思えないんだ」
率直な質問だった。隠そうとするならそれも良い。でも、知りたい。切羽詰まって親父をにらんだ。
「そのことは、いつか話さないといけない、と思いながら…迷っている。
なんで知りたいんだ」
「聡里を連れて静かの湖へ行きたい。それだけ…」
「静かの湖…か、あそこへ行きたいのか…連れて行っても大丈夫。といったらそれ以上は知らなくても良いのか?」
「ああ、それ以上は聡里に聞く」
「そういうことか…」
親父は黙り込んだ。黙り込んだが目は真剣だった。
「連れて行っても良い」
「ほんと、ほんとに良いの?」
「ああ、大丈夫」
それは確信だった。聡里はこっちの…と浮かれようとして腕を上げるのを止めた。手放しでで喜べない感じがした。自分に正直に、真面目に、聡里を傷つけないように、それが全部自分に返ってきて、重荷になってため息が出た。
だけど、静かの湖に一緒に行ける。それは素直に嬉しかった。
次の日、聡里の席まで出かけて話をした。
「聡里、行きたいところがあるんだ。今度の休み行かない?」
「え、どこ…?」
「それはまだ内緒にしてて良い?…驚かせたいからね。そういうもったいぶるの苦手なんだけど今回だけ…」
「うん、わかった。でも、あの子連れて行っても良い」
「あの子?」
「仔犬、名前教えてもらってないから名前呼べないの。この頃なついちゃって」
「あ、チワワってやつ。いいよ。電車に乗せても平気?」
「バスケットに入れていく」
それだけ約束した。誰にも相談しないで決めた。相談すると二人で行けなくなる事がわかっている。今回はゆっくり、二人で電車に揺られたかった。おまけの仔犬は…まあ、良い事にしよう。
次の日柄の悪い日曜日。僕と聡里は出掛けた。
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