第28話 サカの消息

 久しぶりに朝から家に三人が集まっていた。サカの途中経過を共有し合うためだ。

この三人が家に集まることを誰にも知られてはいない。仲が良いと、幼馴染みたいに親同士も仲が良いと朝ヶ谷や山崎は認識している。認識していてもそこ止まりで詮索はされない。

 女と違って『なんで私も誘ってくれないの?』みたいな馴れ合いがないのは本当に助かる。それじゃないとこの秘密会議は成り立たない。


「じゃあまず私の情報から」

 冴ちゃんが話しはじめる。基本情報としてサカのおばあちゃんの話らしい。

「サカのおばあちゃんは今イスト村に住んでるの。サンミナルの駅からファンゴ行きに乗ると途中で乗り換えの駅があってね。乗り換えないとそのままトーンズ方面へ行くんだけど…」

「トーンズ?の手前、乗換?行った行った、そこで一旦降りて次の電車を待って乗ったよ。僕のおじいちゃんとこトーンズ、トーンズは普通しか止まらないんだ」

「え?、トーンズなのおじいちゃんとこ。田舎ね。何にも無いところでしょ」

「うん、あそこで乗り換えて反対に行くんだな。そこにあるの?イスト」

「そう、ここもかなりの田舎よ。イストに住んでるって言うと、田舎過ぎて何もないって笑われるわ」

「ひどいな。笑うことは無いよ。田舎は良いよ!何ていっても空気が良い」

「そんな話、今は良いわよ。そのイストにサカのおばあちゃんが住んでるの。おばあちゃんに聞いたら一度はそこに寄ったらしいのよ。ひと月くらい。農作業の手伝いとかしたらしいわ。そこでおばあちゃんからお小遣い貰って、お小遣いって言ってもけっこうな大金よ。

 おばあちゃんも珍しい孫が手伝ってくれて嬉しくてお小遣いたくさんあげちゃったんだって…それで、多分まだお金には困って無いんじゃないかって」

「ああ、そういう話なんだ」

「なによ、何の話って…小さな情報も今は大切でしょ」

「ごめんごめん、そうじゃなくてイストって田舎の事を考えちゃったからさ。ほら、僕も行ってたから、この夏」

「おばあちゃんに何か話してなかったの?」

「なにも…」

「おばあちゃんって宝石商の仕事を始めた人なの?」

「違う。それはお父さんのお母さん。イストのおばあちゃんは、お母さんのお母さんだからね」

「フラっと行ったのかな。おばあちゃんに会いたくなって」

「遠いよね。フラっと会いに行くにはさ。何かのついでに寄ったのかな」

「軍資金調達?」

「さあ、行方をくらますにしても本当に何も残さず隠れたものよね」

「おばあちゃんとこはカモフラージュで凄く近くに居たりして、それならあそこまで言った意味があるってもんじゃない?」

「近くってどこよ?」

「さあ、この町?誰かに匿ってもらうって難しいよね。人間の世界に知り合いなんているかな」

 ここまでで暗礁に乗り上げた。誰も当てが無かったし、天使の国には隠れるところなんて無かった。

「考えても無理ね。捜索かけてもわからなかったんだもの」

「人間の世界ね~見当もつかない」

「そうだ、犬もいなくなったらしいよ。可愛がってた犬がいたの、小さな犬だって」

「ふーん。犬ね」

「なんで連れて行ったのかな。困るだろ。そんなの足手まといだ」

「可愛がってたら連れて行きたいわよ。こっちに来てどうしてもっておじさんに頼んで買ってもらったらしいわ」

「どんな犬なの?」

「それ重要?」

「だって、犬連れて行くってよっぽどだろ。普通邪魔になるから置いていく。連れていくって事は、一緒に居ても何とかなるって算段があったって事だろ」

「チワワって犬、どうせわからないでしょ、シンに犬のことなんて」

「…ふ~ん。チワワね…」

 歯切れが悪い。

「どうせわかんないでしょ」

「わかるよ!チワワだろ。小さいのだろ。目がウルウルした」

「へ~珍しい。わかるの」

 そう言ってあくまで冴ちゃんは馬鹿にしてきた。その挑発に乗ってこの話の本質を見失っていた。

「何色のチワワ?」

「レモンだって」

「レモンって、黄色なの?どんなの、想像できない」

 確かにあの小さな犬がレモン色?をしているとしたらどんなに可愛いだろう。僕は聡里にじゃれつくチワワを思い浮かべながら顔がほころんでいた。

「イストのおばあちゃんは何をして暮らしているの?」

 ポケッと空想にふける僕の耳に飛び込んできたマヤのこの質問は、僕にも興味があった。トーンズと同じくらい田舎のイストで何をしているんだろう。

「酪農家らしいわ。豚とか牛とか飼って、ベーコン作ったり、チーズ作ったりしてるんだって」

「へ~本格的だな」

「行ってみたいって思ったでしょう。サカが見つかったら一緒に行くといいわね」

 冴ちゃんに見透かされて肩をすくめた。

 僕の家が集まりやすいからこうして集まっているけど、場所が違ったら絶対のけものだな。話についていけないし、どこかピントがずれている。


 今回の集まりの収穫はサカが援護者のいるところに匿われているんじゃないかという推論だった。そうじゃないとのんきに犬を連れて逃亡なんてできない。

 もう一つ手に入れた情報は、おばあちゃんのところに行く時は仔犬を連れていなかったという事。一旦家を出た後、協力者のところに預けてからイストに行ったらしい。

「う~ん。なんだろうなにかしっくりこないな。世界偵察隊もあてにはならないよ。細かく回るわけじゃないだろ。うちにだって来てないし、何をどうやって調べるのかわからないけれど、緻密な情報網があるとは思えない」

「そうよね。わからないことだらけ」

「でも、ご両親が折れてきてるなら自然に伝わるはずだから親せき筋じゃないってことだよね」

「写真って無いの?」

「無いらしいよ。決断の館から帰ってすぐゴタゴタが始まったらしいわ」

「強引に女に決めたから親が驚いたんだね」

 サカが一人で決断して女になってしまったことを、僕たちは改めて考えていた。気持ちが重くなった。どこでどんな風に暮らしているのか心配でたまらなかった。

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