第27話 窓際
学期も幾月か過ぎて席替えがあった。くじ引きで当てた席は廊下側の席とは真反対に秋の陽のあたる特等席で、明るかったけど朝ヶ谷も吾川もご近所さんじゃなくなった。
休み時間の度に来ていた冴ちゃんもこの頃顔をのぞかせなくなって、僕の回りは静かになってしまった。学校で聡里のそばに行くことは無い。机に突っ伏して寝る事くらいしかやることが無くなった。
サカはいまだに見つからない。いったいどこに雲隠れしたのか。冴ちゃんのもたらす情報によると、両親もホトホト参って、懸案だった後継ぎ問題も少しは柔軟になって来ているらしい。朗報だけど、肝心なサカの居処がわからないから伝えようもなかった。
山崎は変わらず時々誘いに来る。僕からふらっと美術室をのぞいて一緒に昼食を採る時もあった。
二人はあれからなるべく同じ時間を過ごし、静かに心を交流させているらしい。山崎の自分探しは続いている。やりたいことを見つけるのは容易なことではないらしい。決定的なきっかけは何時になったら訪れるんだろう。
しっかり者の吾川は、目標を替えることは無いだろうけれど、だからと言って離れなくてはならない理由は無いから。お互いの優しさが反作用を起こさないように気を付けていれば良いだけの事だった。
ピアノに向かって感情があふれ出すようなことはこのところ無くなった。冷静に、ゆっくり、なだめるように楽譜を見ながら弾けるようになって、食事の手を止めてしまうような失態も、拍手喝さいを浴びる事も無くなった。
それは、寂しい気もして、持て余すほど感情的になれる自分も好きなんだ。自分で自分がわからなくなるのが好きなんて可笑しいけれど…じいさんとの暮らしや聡里への計算できない思いが気に入っている。それも素直に受け入れると世界が少し開ける気がした。
「上手くなったね。教会で弾いたり、レストランで弾いたり、子供たちの前で弾いたり、それぞれ自分では意識してないと思うけれど、弾き分けれるようになっている。
この前天使の園で集中して課題曲弾いてましたよ。どこまで行けるか楽しみにしてて下さいね」
「本当ですね。初めはどうなるかと思ったけれど、上手く仕上がりましたね」
「らしいな…仕上がるって、良いね」
「マネージャー的でしょうかね」
「あ、来た来た。良かったよ。ご苦労さま」
「あ、ありがとうございます。聴いててくれたんですか」
二人が顔をそろえて控え室の扉の前で待っていた。このところ一人で来て一人で弾くことが多かったから照れくさい気持ちになった。
「子供たちが僕の演奏より良いって褒めてたから一度聴いてみようってね」
「本当かな…だったら心強いな。あの子たちが一番審査厳しいから。黙って表情かえないからドキドキしますよ」
そんな日がコンクールまで続くと思っていた。
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