第26話 忘れていた過去
学校に行くと坂道の途中でユフが待っていた。
この状況は想像できた。今日ここにユフが立っている予感がしていた。居なかったら居なったで後が考え辛い。僕は何処までもずるく傲慢に出来ている。
「おはよう!」
僕のフラットな声にユフが反応する。気持ちの良い反応では無い。細い体に力を入れて体制を整える。決闘しようなんて気は無いけれど、ユフの体格からすれば僕は蹴散らされることも想像できる。
でも、口から出た声は想像以上に弱々しかった。
「おはよう…昨日はどうしようもなかった」
「聡里と約束してたって?」
「聞いたの?」
「うん、あの後、聡里がどうしていいかわからなくて逃げたって、しょげてた」
「そう、少し話がしたかった。あそこに通っていても聡里と話す機会は無くて、時間作ったら話せるかなって思ったんだけど」
「悪かったな。知らなくて」
「お前は知らなくても聡里はわかって逃げたんだから、ふられたんだな」
「ふられるって…」
「そうだろ、それ以外にないじゃん」
「俺達、聡里と付き合っていいのかな?…そこが問題だ」
自信の無い声で僕がそういうとユフは寂しそうに笑った。
「人間に恋しちゃいけない?」
「まあ、ね。言えないことを抱えて恋、出来るかなって、ね」
「冷静に考えて、計算して、足して引いて可能かなって?」
「計算はしないよ。そんなに冷静じゃない。こう見えて初恋だから」
僕がそういうとユフはもっと寂しそうに、肩を落とした。
「本気なんだな。多分、俺より本気だな」
「測れないよ。誰より誰の方がなんて…惚れた方が悩むな。言葉に出来ない分わからないことが増える。でも、友達がいるとちょっと知恵が増えて助かる」
「新参者だからな、俺は。お前の事だってわからない」
「人は悩みが多い。でも、友達が一緒に考えてくれる。良い友達を持つ事が大事だ。この世界」
「なるほど…良い友達か…
前の学校で俺は浮いてた。お前ほど観察力無いから何が違うのか、どこが間違ってるのかわからなくて戸惑ったまま終わった。
ここに来て嬉しくてはしゃいだな。でも、変わり映えしないなって昨日思った」
「何が…」
「お前の方が強いって、やっぱりシンだなって」
「おいおい、やめろよ。確かに僕は僕だけど、強くは無いよ。相変わらずだって冴ちゃんに言われっぱなしだ。聡里の事も良くわからない。どうしたらいいのかもね。
好きって傷つけることもあるだろう。僕たちにはその可能性がある」
そう、その可能性大だ。上手くいかない恋は相手を傷つける。だからしばらくは静かに恋する。静かに聡里のそばにいる。それしかないって覚悟してる。
「話せて良かった。落ち込んで、学校来るの止めようかとも思った。弱いな俺」
「周りの事は気にするな。自分の居場所をまず確保しろ。どうせ異邦人だからな、何とでもなるよ。クラブやれ。うちのクラスに居るよ、逞しくなった奴。初めはなんでそんな苦労してまでやるんだって思ったけれど、続けると変わる」
「先生か、変われば変わるもんだな。本とにシンか?
そんな言い方するの聞いたことが無いよ。昔からお前は無口だった。いつも黙って、考えてんだか何だかわからない不思議な奴だった」
「まあな、他人事だって知らん顔してたから。大人になったよな。何でも聞いてよ…」
ユフとの決闘が始まらなくて良かった。でも、今のダメージ多いユフなら勝てたかも知れない。それにしてもあいつは案外弱かったんだな。
昔の僕は…驚くほど何も考えてなかった。幼かった。世界も行動範囲も狭かった。家と学校と鳩小屋とそのくらいしか思い浮かばない。
今日の夕飯は美味しいか?鳩の世話が上手になるにはどうすればいいか?後もう一つあったとすれば、父親はどこで何をしてるか?その程度だ。その中で強いも弱いも無いだろう。
今だってようやく遊園地まで陣地が広がった。行った事があるところは学校、画材店、ボントールの住む村、駅前の喫茶店。そのくらいだ。
まだまだ知らないところなんてたくさんある。狭すぎて考えることなんて無さ過ぎる。そう思うと気も楽になった。
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