第16話 招待客

 初演奏と発表してしまったものだから結婚式には、参列する親族の他に、僕の友達や親戚や天使の国の一風変わった人々が教会に集まってしまった。

 吾川や山崎、朝ヶ谷に雪野ちゃん。まさに七五三みたいな僕を見てさぞかし笑うことだろうな。それも覚悟して今回は知らせてみた。山崎も遠くへ行ってしまうわけで、 忙しくしていた言い訳がしたかった。

 プログラムはこの前練習済み。「天使の園」の子供たちの厳しい視線からすれば今回の本番は、式だけに僕に注目している人は前列にはいない。それがせめてもの救いで、温かい祝福の中で僕一人が心地よい緊張感に包まれていた。

 パイプオルガンの少し間延びした様なじれったい調べが音のない教会に共鳴して、参列した人たちの間を縫うように広がる。

 僕はできるだけリラックスして、式を挙げる二人のために心を込めて演奏した。セレモニーの演奏は、天から二人への祝福だと先輩がいつも言っている。そんな温かな音が心に届くように…

「シン、良かった~。結婚したくなった」

「なにそれ?」

「はは、一番素敵な感想じゃない。結婚したくなる演奏がこの場合一番良いよ」

 先輩が笑って言った。

「優秀でしょ。僕の一番弟子」

「格好良いよ。良いよ。クラブやらなくても青春してる感じする」

 朝ヶ谷、お前にはそれしかないのか?だけど、良かった。聞いてもらって日頃の仕事に対する嫌悪感が安らいだのは、意を決して招待したかいがあったというもんだった。

 僕たちは教会から自宅へ場所を移して、ささやかなパーティーをした。自宅なのにグランドピアノがあるとか、ガーデンパーティーするほど庭が広いとかみんな言いたい放題に、僕をお坊ちゃま扱いして笑った。

「笑うことか、なんでも馬鹿にして、それが楽しいのか」

 僕は最後まで機嫌が悪かった。

 みんなが帰ってひと段落ついてからようやく、参列してくれたトプカさんやマイオさんに話をすることが出来た。

「トプカさん、マイオさん来てくれたんだ」

「おめでとう。良い演奏だった。シンがこんな特技を持ってたなんてね」

「こっち来て練習したんですよ。猛練習。世間の皆さんから文句言われながら」

 そこはちょっと根に持ってる。

「まあおじいちゃんが、かのボントールだからね」

 世間話のようにトプカさんが言った。

「え、本当!まさか…あの、ボントールが僕のおじいさん!」

「血は争えないよね。素質は十分ってやつだから」

 僕は、僕は…あの国営放送で気持ち良く演奏していたボントールの孫らしい。は~知らないってなんだかな。誰か一人くらい教えようって親切な奴はいないのか。

 だから始めっからピアノ演奏をすることになってた?もちろん先輩に言えることじゃない。あくまで天使の国の話だから…

「シン、マイオさんに聞いてみないと」

 ようやく会えたマイオさんに僕たちは詰め寄って真剣に尋ねた。

「マイオさん。僕たち一度天使の国へ行ったんです。どうしても聞きたいことがあって、決断の館へも行ったんだけど…」

「なあんだ、凄いね!三人はもう会ってしまったんだ。恐るべき嗅覚だね。もちろん、ヒントはいっぱい散らばっていたとしても、そう簡単に見つけられないようになってたんだけど」

「あ、あの、うちの学校の和弓部に、古い矢があってね。それに触って僕倒れたんです…

 恥ずかしいけど気絶。あれ、何か危険なものなのかなって、なんか背中がむずむずして正体不明になって、情緒不安定になって…」

「私たちも見たの、マークがあってそれを見た途端。なんかふわーって、気絶はしなかったけどね」

この際それは良いじゃないかと思った。とにかく問題があるなら知っておきたいとそれだけなんだから。

「いやいや、勘が良いね。それが天使の国に関係があるって思ったわけだ」

 遠回りな言い方だなと…

「あれは推察の通り『天使の矢』」

「やっぱり、だよね」

「会議をしてね。人のそばに置くことにした。子供のころあそこで遊んだ君たちみたいに仲良くなる要素があるんならやってみようとね」

「子供のころ…」

「幼年部に倉庫があっただろう、そこに収めてあったものだよ。確かな効果はわからないけど、可能性を感じるからね。危険なものだからどこにでも置いていいものではない。

 和弓部ならあっても違和感ないかと思って置くことにした」

「幼年部…倉庫…」

「『必要の鍵』というアイテムがある。天使の国独特の、タイムマシンみたいなタイムカプセルみたいな、理解するのは難しいけど時空を翔けるアイテム。

これはね。膨大な知識、膨大な情報量をしまっておくためのもの。

自分が必要としているものを引き出したり片づけたりするきっかけで、ふとしたことで心に留まったことがいつまでも離れないでいると、そこにたどり着くことが出来たりする。

 極端な例えで言うと、『決断の館』はそうで、あれはイメージするだけでは駄目で、それが必要な時初めて眼の前に現れる。天使が卵からかえる最終段階でしか必要のないものだから、その後現れることはない」

「だから二度と会わないとあの執事は断言したんだ」

「天使の国は実態と真実にずれがある。それが一度に顕在してしまうと何もかもぐちゃぐちゃになって暮らせなくなる。今必要なものだけ形になっている方が楽に生活できるだろう。

 そのための隠しポケットが国の中にも人の心の中にも必要なんだ」

「ハア?隠しポケット?」

 僕たちは理解不能な顔をした。

「矢は?」

「あれは正真正銘『天使の矢』だよ。刻印があっただろ」

「刻印?」

「あった、あった。シンは実際に見てないの。でも私たちは見た」

「幼年部にある倉庫の刻印。子供のころはよく行ったと思うよ。あそこにはガラクタみたいに積まれた道具が雑然と置いてある」

「幼年部の倉庫…」

 子供に帰って思い浮かべる。記憶が遠くて思い当たらない。

「子供には危ないものもあるから鍵がかかっている。簡単な南京錠。錠一つ一つに幼年部の印が入っている。

 あそこに本物の『天使の矢』があるって噂では聞いていた。誰かが子供のうちに『愛』を植え付けることはできないかって…よくよく考えるとあの矢があそこにあった意味はそれかもしれないって…

 その中から一つ選んで何処かに置いてみようと、提案があってね」

「それで和弓部…」

「矢だから…」

 クラブ説明会の和弓部のデモンストレーションを思い出す。あの時ズサッと射抜かれた衝撃は今でもよみがえる。

「効果があるかどうかはまだ先のことだけど、もう少しあそこに置いておこうと思っているんだ」

 マイオさんの話はこんな感じだった。僕たちは振り回されてドキドキしたけど、ひょっとしたら効果があったのかもしれない。少なくとも雪野ちゃんと朝ヶ谷はあそこで恋に落ちた。

 僕たち天使には効果が半端ないことが実証されて、当分近づいてはいけないと話すとマイオさんは笑って、

「まんざらあの訓練は無駄じゃなかったね」

「え?」

「矢を引いただろ」

「ああ、あれもう遠い過去の記憶になってた。たった半年前の話なのに。ねえねえマイオさん私たち頑張ってると思うけど、どうかな?」

 先生に合うと褒めてもらいたくなるらしい。冴ちゃんがまとわりつくのでマイオさんは困っていた。

「ああ、タナがこんなに女の子らしくなるなんて、なんか怖いな」

「怖いって…」

 冴ちゃんは不服な顔をしたが、それは同感と僕も思った。


「おはよう!」

「おはよう!昨日は格好良かったよ。ああゆう仕事もあるんだな」

「だから、仕事は楽しいって前から言ってただろ」

 好意的な朝ヶ谷の顔にむかついた。理解しようなんてこれっぽっちも思わなかったくせに。

「確かに仕事って聞くと疎外感あったんだよね。お前だけ浮いてるみたいな」

 浮いてるよ。今だって、それは仕事じゃなくて性格だろ。と、そう思った。

「あ、おはよう」

 横で吾川が静かに笑った。

「彼が喜んでた。招待してもらえて嬉しかったって。向こうからもメールするからって」

「面倒くさいな。電話でいいじゃん」

「それが違うらしいの。阿弥陀田君からメールが来るとワクワクするそうよ」

 その感想はなんだか女みたいだ。

友情、不思議な感覚…当分、山崎とのメールは止められないらしい。


 僕たちは毎日新しいことに驚いたり、意地になって知らん顔したりしながら、この人間の世界を楽しんでいる。意地っ張りな僕は、ごく限られた自分に出来ることしかできないけれど、それでも精一杯がんばったら、さわやかな風が瞬間、吹き抜ける感じがしている。

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