第15話 面倒くさいの源
「おはよう」
「あ、おはよう」
「これ、山崎君から預かったの」
「え?何だろう」
「山崎君、まあ、すぐ帰ってくるんだけど、三ヶ月いなくなるからその前に頼みたいことがあるって」
「ふ〜ん」
これは山崎からの秘密の手紙なのか…開けると『一度会って話がしたい』ってメールアドレスが入っていた。
「なんで、話って…」
「さあ、友達少ないから嬉しいんじゃない。友達って感覚が」
「まさか…ちょっと忙しいんだ。近いうちに連絡するって言っておいて」
「多分、それをメールで送って欲しんじゃないかな」
吾川はメモを指差して遠慮気味にそう言った。
「あ、なるほど。でも、そんな面倒くさいこと、メール…得意じゃないんだけどな」
「え?今時携帯苦手って理解できないんだけど…」
そんな不審な顔されても困る。それよりも山崎が留学することをすっかり忘れていた。自分の事で精一杯で周りのことまで気が回らない。天使にあるまじき失態だと思うけど、そこを器用に振る舞えるほど優秀な天使じゃない。
「おはよ、阿弥陀田、今度試験あるけどお前受ける?」
「いや、そんな気ないけど」
「だろうな。実力試験だから自由だし、一緒に行けるかもなって期待したんだけど。行くわけ無いか、お前付き合い悪いもんな」
「付き合い悪いって…そんなこと言うなよ…なんで、もう受けるの。お前の気にしてる受験はまだまだ先じゃないか」
「一度受けて自分の実力を知っておこうかなと思ってさ」
「朝ヶ谷ならそんなことしなくても大丈夫じゃない。もともと秀才なんだから。時間がないんだよね。ちょっと忙しくてさ」
「忙しいのか。高校生にあるまじき発言だね。まったく勤労青年は困る」
「困るはないよ。楽しんでるからさ、これでも」
朝ケ谷はいつも僕の仕事を学業の邪魔だと思っている。ついでにクラブもそれで出来ないと思い込んでいるから尚更否定的で、まあ、それが楽しいと言っても、現実を知らないやつに説明で理解できるとも思えない。
厄介なことだが、メールをマスターしてないから、後で冴ちゃんに聞かないと…今時の高校生は大変だ。
「そうだ、吾川。山崎にメール送ってくれない?このところ忙しいからもう少し待てるか。とかなんとか。それならすぐ返事が出来るんだけど」
「え?私が…全く変人よね。やれやれって感じ」
優しいと思っている吾川からもため息混じりにそんな風に言われて、ちょっと自信をなくした。
「お前メール打てないの?可笑しいだろう、時代錯誤も甚だしい。頭良いのか悪いのか不思議だ。う〜ん努力家なんだな、きっと。関心のないことにまるで関心を示さない。そこが無敵だ」
朝ケ谷にまでそんなことを言われて解っているのに複雑な気持ちになった。少しは人間界で学んで落ち込むとか、デリケートとか心のひだが出来てきたのかも。
「あ、返事来た。開けていいの?」
「ああ、そうしていただけるとありがたい」
「少しでいいから今日会いたいって」
「マジで、じゃあ昼休みに廊下でって返して」
「フフフ、私が知っていい情報なのかな。って、ま、仕方ないね」
吾川はそう言って可笑しそうに笑った。そして、返事の打ち方と受信メールの開け方を丁寧に教えてくれた。
「こんなこと、家のじいちゃんでも出来るわ」
と、馬鹿にしながら。
「なに?」
「そんな迷惑な感じ、なかなか会えないから会っておきたいなってさ」
「何時行くの?」
「来月の頭。吾川なんか言ってる?」
「何も、ああ、すぐ帰ってくるって言ってたかな」
「寂しそうに?」
「そうでもない。普通に」
「何でだよ。友達がいのない、もう少し俺の気持ち考えてそれらしいこと言えないの」
「待てよ、待て、それ嘘つけってこと」
「あ〜あ三ヶ月だよ。そんなに長い間いなくなるのに何もないって悲しすぎる。最近会ってる時も変化ないし、自信なくす」
「会ってんの、そんな頻繁に…
考えすぎだろう。それだけちゃんとしてるってことだよ。精神的に大人なんだよ。お前と違って」
「頭にきた。彼女もいないお前に聞こうと思ったのが間違ってた」
「だから…それなら僕じゃなくて朝ケ谷を呼び出せば良かったんだよ。あいつなら恋愛上級者だ。僕より数倍。きっとお前の気に入りそうなことを言ってくれたよ」
くそ…恋愛は複雑だ。まだまだ勉強が足りない。荷が重い。仲を取り持つなんて出来ることじゃない。未熟さが腹立たしくてさっさと帰ってきた。こういう日を厄日と言うんだろうか…
「お前さ、もう少しあいつに気の利いたこと言ってやれよ。寂しいとかなんとか、愚痴られる身にもなれよ」
「プッ、何もかもバレてるって知ったら驚くでしょうね」
そう言って吾川は可笑しそうに笑った。全く何もかもバレてる。それを黙ってるのが吾川の優しさなんだろうな。
普通に人間として此処にいるとしたらどんな感じなんだろう。もっと悩んだり、人との関係を気にしたりするんだろうか。
だとしても、僕は僕だと思うよ。それしか出来ないし、難しいことは何もわからない。誰にも悩みがあるようなことを朝ケ谷はよく言う。それを聞くたびに少しずつ後戻りしながら暮らしてきた。
前だけ向いて歩いているような顔をして心細いこともある。そんな時頼りないと思っている朝ケ谷や、独りよがりな山崎が助けてくれたような気もする。友達って大切だ。
「お疲れ様。今度の日曜日に決まりましたよ。初演奏。頑張って下さいね。衣装、本間さんに渡しておきましたから」
「あ…」
「あら、意外な顔ですね。緊張してます。腹座ってると思ってましたけど」
「いや、緊張とは違うけど、友達呼んでみようかな…なんて」
「まあ、あなたらしくもない。って言い過ぎかしら。いい傾向じゃありませんか、自分の演奏を客観的に聞いて欲しいって素敵です。本間さんがどんな顔して驚くか想像できませんもの」
遠回しに非常に珍しいことが起こったと言っている。僕は言葉をなくして園田さんから目をそらした。
「初演奏、今度の日曜だって」
「あら、教えてくれるんだ。へ〜」
親にまでそう言われて自分の頑固さが並大抵じゃないと解る気がする。確かにそういう生き方をしてきた。天使にあるまじき姿勢。それが僕だって、そういう天使もいるんだ。主張することでもないが自分にそう言い聞かせてきた。
「頑張りましたよ。今回は、その成果を皆さんにお見せしてもいいかなってね」
「うん、わかった。楽しみにしてて。ご馳走作るから」
「ご馳走。ご馳走なの?」
「まあ、こっちに任せて演奏に専念してくださいませ」
よくわからない。母親といっても理解できることばかりとは限らない。特に家の母親は変わっている。子供の頃からそう感じて生きてきた。こっちの質問に真面目に答えたことがない。余計なことは話さなかったし、母親から真面目な話も聞いたことがない。だから、冴ちゃんの知っている天使としての基本常識さえ知らずに通過して今に至る。
知らないことが多いほうが楽しいと子供の頃言われた記憶がある。そういう母親が僕をこんな風に育て上げた。
まあ、とにかく日曜は初演奏。それに向けて動き出した。
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