第13話 マヤを見つける

「昨日は大変だったらしいね。倒れたんだって」

 先輩がピアノの手入れをしながら疑いのない声で尋ねる。

「あ、友達が流血して、それを見て僕が倒れたらしいです。あんまり憶えてなくて」

「君が倒れるなんてイメージ無いな。みんなビックリしたんじゃない」

「はい、自分でもビックリです」

「休むって言うから、そんなに酷いのかって…。今まで一度も休んでないもんね」

「確かに…」

 嘘をつくのは気が引けて先輩の顔を見れなかった。

「これからは血を見ないように気をつけないとね。また倒れたら大変だ。

 これ、初めての演奏までの日程。そろそろお披露目も近づいてきたね。結婚式はあくまで主役二人のセレモニーだから君にとっては地味な話だけど」

「それはもう、そういう仕事だから、それでお願いします」

 先輩の引き立て役に徹する姿が素敵だから、そこに憧れてる僕に何も不服もなかった。

「でも、終わったらこそっとお祝いしようね。初めての演奏は記念だから」

「はい、ありがとうございます。気を使っていただいて、へへ、照れますね」

 こっちに来て初めて取り組んだ成果を試す。大人への一歩だなと思った。

「聞かせたいと思う人を招待すると良いよ。恥ずかしいだろうけれど、そういう気持ちも克服してね」

「それは…どっちでも良いかな」

 人を呼ぼうなんて気はなかった。自分が主役じゃないことは百も承知だったし、派手なことはしたくなかった。

「こないだの彼女とかね」

「またまた、からかわないで下さい。友達ですから」

 冴ちゃんにバレたら…芋づる式にあいつもこいつもやって来そうで、恐ろしいことになる。そう思っただけで背筋がざわついた。

「今度の土曜日に、前に話したうちの施設『天使の園』で弾いてみる。人前で一度演って度胸付けたほうが良いでしょう。子供相手なら適度の緊張と、お試し感あっていいと思うよ。

 日頃僕が聞かせてるから彼らは耳が肥えてるしね。審査員にはもってこいだよ」

「そんな…かえって緊張する」

「大丈夫、大丈夫、失敗してもそれはそれで経験になるから」

 複雑だ。子供に聞かせるなんてピンとこなかった。しかも先輩の音を聞いている子供?どんな顔して弾いたら良いのか想像も出来ない。でも、本番だって周りを気にしてたら平常心ではいられないし、大根やかぼちゃだと思えばいいかと舐めたところはあった。

 カチャ…

「あれ、この前の彼女じゃない?」

「あれ冴ちゃん、何?」

 理由は解るような気がした。冴ちゃんがわざわざこの練習室に顔を出すなんて理由がないわけがない。

「待ってて、今終わるから」

「聞いて貰えばいいのに…」

「あ、大丈夫です。今行くから」

 先輩は不服そうだったけど僕には冴ちゃんに聞かせる理由がなかった。

「じゃお疲れさまです。ありがとうございました」

「はい、じゃあまた明日」


「どうだった。マヤは見つかった?」

「当たりはついたわ。明日の朝行ってみない。隣の高校なの。地図持ってきた。向こうで待ってるから」

「うん、急いで確かめないとね」

「確かな話じゃないけど聴き込んでみたの。高校って元々あちこちから集まるところだから新顔に注目は集まらないんだけど。私たちみたいに誰も知らない不思議な子。何処から来たのか、どんな友達がいたのか、そういう『風みたいな子』探したの…

 それでも逞しい子ね。私もシンも傍から見たら逞しいって感じるはず。よく言ってるのよ朝ケ谷君がシンのこと、『わかんないな〜不思議だ』って。そんな子だと思うんだ」

 冴ちゃんは考えている。いつも頭の中がフル回転してかなり良い線の答えを出す。その力に賭けて、きっとマヤは探し出せる。そう感じた。


「おはよう!早かったね」

「早く目が覚めた。自転車だから電車の時間もないし、出てきちゃったよ。さあて冴ちゃんのお手並み拝見といくかな」

「あら、信頼されてるのね」

「当たり前だよ。僕より絶対能力高いはず。口数も多いしね」

「それ関係あるの?」

「あるある。口数が多いってことは、何につけても頭が回ってるってことだよ」

「シンあれ…」

 冴ちゃんの指の先に一人の女子高生が真面目な顔をして歩いていた。

「確かにそんな気がする」

 僕たちは目の前を通過するマヤだと思われる少女をまじまじと眺めた。

 ああ、あの時の冴ちゃんを見つけた時のジワーッと上がってくる感覚。僕は深呼吸とともにそれを吸い込んで、

「あの」

 と、声をかけた。

「あの、どっかで会ったことないですか?僕たちに」

「え?あの私…」

「あ、僕シンって言います。こっちは冴ちゃん。って解んないか〜」

「まさか、まさか…タナ?」

「キャー!BINGO!!」

「本当にタナ?ちょっと気色悪い」

 マヤに引かれて冴ちゃんがちょっとたじろいだ。

「どっから見ても可愛いお嬢さんだよ。よく化けたな」

 僕の酷い言い方に冴ちゃんが此処ぞとばかり反応して、

「こいつ、こっちに来てから性格変わっったから、信じられないくらい可愛げもなくなって、何かこう穏やかなあの雰囲気、消え失せたから」

「あら、昔からシンはそうよ。マイペースだし、人の事なんか考えてなかったわ」

「ほんとにマヤ?」

「ほらね。うん、初めまして。こうなったの、女になってしっくりしたっていうか、落ち着いたっていうか、自分らしくなったの。不思議なんだけどあの頃は中途半端だったってそう思うわ」

 そう言った。マヤの言葉を聞いて気持ちが和んだ。どっちかに決めることが前に進む方法ってあるんだな。あの頃のマヤは何も決まってなくて自分を持て余していた。こうなってみて自分に自信が持てたり、まあ何ていうかしっくりする。それが正直な気持ちだった。

「あなた達、同じ学校なの?」

「うん、シンが見つけてくれたの、まあ私は母さんと一緒だったから確認が簡単だったんだけど」

「あの日、日曜日?あなた体育館にいたでしょ?遠くから眺めて違和感あった。でも何だか解んなくて、これ何?って」

「私だって…違和感あるな〜何で女なの?」

 流石は女のマヤだ。言いたいことをストレートに言ってしまえる。僕なんか喉まで出かかった言葉を何度飲み込んだことか…

 なのに、こっちに来てたった今再会した、意外にも女になってた冴ちゃんとの間に、すっかり女子会的な空気が出来上がりつつある。何度も言うけどさすが女だ。

 僕たちは連絡を取り合う約束をしてその場を離れた。此処からが本番だと武者震いしながら、僕は新しい仲間を得て決意を新たにしていた。

 その日の夜。心を奪って止まないあの矢のことが引掛ってなかなか寝付かれずにいた。精神的なダメージなのか、実際あの矢に魔力でもあるのか、それさえわからず近づいただけで心が折れて気を失った。

 冴えちゃんとマヤがそれを調べるという。その結果が不安だった。でも、この胸騒ぎを放おって置くことが出来ない。

 ベットの上に起き上がってマイオさんが作ってくれた思い出のアルバムのページをめくった。五人全員で写した決断の館へ行く前の屈託のない笑顔がそこにある。あの高い櫓から五人で手を繋いで空を舞った。そして着地した時の本当に嬉しそうな顔。この後、僕たちはみんなバラバラになった。

 今は二人見つかって、また三人で合う約束をした。嘘みたいだった。わかる、確かに解る。でもそれは奇跡のようだった。

 僕たちはこの世界における御伽話なんだ。五人の背中には羽が生えている。

「このアルバムを学校の連中に見せることは出来ないな」

 そう思うと朝ヶ谷や山崎の顔が浮かんで、後ろめたい気持ちになった。

 僕や冴ちゃんには人に言えない秘密があって、迂闊に友達も家に呼べないなって…もしもの時のために非常袋を用意しようかと腰を上げて、それも面倒くさくなって、スタンドの下にアルバムをほかった。

 朝ケ谷を仲間に加えることは出来ない。僕たちの正体は誰であっても明かしてはいけない。では、どうやってあの矢を確認するか。そこが問題だった。

 僕には仕事があるし、初めての演奏会も近い。休みの日をあけるのは難しかった。

「わたし達二人で行ってみる。朝ケ谷君に頼めば朝練覗くくらい出来るし、二人ならもしもの時もなんとかなるんじゃない」

「どう思う?」

 何故か僕の家が作戦会議室になっていた。仕事から帰ると二人はリビングで楽しそうにゲームなんかしていて、母さんが嬉しそうに食事の準備をしていた。

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