第8話 初めてのデート

 どうしても仕事は抜けたくなくてデートの時間は昼からにしてもらった。それだって僕にしてみれば精一杯の努力なのに、冴ちゃんに解ってもらいたいと願ってもマイペースな冴ちゃんは僕の苦労など知ろうともしなかった。

 待ち合わせ場所はうちのレストランの喫茶室。

 天井の高いゴシック調の内装は、高校生が待ち合わすのに相応しいとは思えなかったけど、時間的に移動する余裕はない。

 それに初めてのデート体験に一日潰すのは苦痛だから昼からの待ち合わせは好都合だった。それぞれ別の方向から集まった4人が顔を揃えたのは、午後1時を回っていた。

 冴ちゃんがどんなお膳立てをして二人を連れ出したのか興味はあったけど、わざわざ聞く気にもなれなくて、その場の空気を読みながら適当に話を合わせた。

「シンは此処でバイトしてるのよ。自分の父親の会社なんだけど、なにも高校時代から始めなくたって良いと思うわ」

「そんな話は良いよ」

「だって学生のうちにやっておいて損のないことだってたくさんあるでしょ。なのに、学校に許可まで取ってバイトするなんて、帝王学みたいなもんなの?」

「帝王学って何?」

「あなたが此処を継ぐために若いうちから仕込む。みたいな話」

「どうだか、大して嫌じゃないよ。仕事、好きだし」

 馴れ馴れしい二人の会話を吾川が不思議そうに眺める。その空気は感じるけど冴ちゃんほど図々しくない吾川は質問もしない。

「君たち従兄弟同士かなにかなの?」

 意外にも山崎とやらがそう聞いた。

「親が友達なのよ。小さい頃からの腐れ縁。シンは昔はもっと優しいジェントルマンな子供だったわ」

「まさか、ずっとこんなだよ。人のことに興味ないし、良い点取るのも嫌いだし、自分のやりたいことしかやらないよ」

「まあ、そうなの、此処では何をしているの?」

 吾川に聞かれると素直に答えないとと思う。

「今はまだ見習いでピアノの演奏の練習中。教会でパイプオルガン弾くんだ」

「へ〜」

 なんでそんな素直な反応。冴ちゃんが意外な顔をした。

「これからどうするの?出かける?此処は集合しただけだろ」

「特にプランはないの。私は画材が買いたいから美術部の山崎くんに画材屋さんを教えてもらいたくて…阿川さんも私も課外クラブは運動部なんだけど。、授業でするクラブは美術部なの。同じなの」

「ふ〜ん。じゃ出かける」

『吾川運動部にも入ってるんだ。運動するタイプだとは思わなかった。一体何部なんだろう』そう思っても聞かない。

 本当に自分は天邪鬼か唐変木だと思う。人に関心を持っていると思われたくない。人から興味を持たれる。そういう面倒くさいことが嫌だった。

 なんに対しても積極的だとは到底思えないのに人から頼られるところが理解できない。もっと親身になって相談に乗ってくれる奴なんていくらだっているだろうに。

「シン昨日のこと頼んだわよ。私吾川さんと絵の具見てくるから」

「え、昨日のことって…もう」

「うん、なんとなくヒントだけでも掴めたら褒めたげる」

「はぁ〜」

 冴ちゃんの言葉に反応してしまう。お前に褒められても…女は嫌いだ。嫌いになりそうだ。

「あの、吾川とは隣同志なんだってね」

「え、あ、席?うん、今の所50音順だから」

「僕はクラブが一緒で、と言うか中学も一緒で、ずっと憧れてる。吾川と同じ高校になりたくて頑張って勉強した。御陰で勉強も好きになって自分のためにもなったかなって」

 それを言う。素直な奴もいるもんだ。

「そんな話僕にしていいの?僕が、僕が吾川に言ったらマズイんじゃない」

「多分、君はそんなことしない気がする。凄く男気強そうって、軽はずみなことはしない気がするよ。今日だって天野に頼まれて無理したんじゃない」

「そんなことないよ。人生勉強と思って、試しに乗ってみた。デートなんてしたことないからやってみるかなって思って」

「はは、やっぱり君は良い奴だな。女子が騒ぐのわかるよ」

「騒ぐ…」

「あれ、知らない。うちのクラスにもファン多いよ。いつも天野が色々聞かれて面倒くさがってる。すぐ逃げて君のクラスにいっているじゃないか」

「あ〜」

 それで、休み時間にうちに来るわけか。

「良かった。冴ちゃんに押し付けられて嫌だったんだ。人のことに首突っ込むの苦手で、バイトしてて忙しいし、なにか落ち着いて学校に行ってる気分じゃないんだよね」

「変なやつだな。きっと恋なんてしないよね、女の子に興味なさそうだ」

 山崎はそう言って笑った。

 良かった。学校とバイトに明け暮れていた毎日に、突然割り込んできた厄介な話だったけど、山崎が良い奴だったのと、今後のために勉強しておかないとマズイ恋のことを、多少の予備知識でも持てそうで安心した。

「あの、吾川のことはいつから好きだったの」

「いつからかな〜中学の頃気がついたら好きになってた。彼女目が悪いのを気にしてメガネをかけるの嫌がってたんだけど、僕はそこが気に入っていた。眼鏡の奥の目がとっても綺麗なんだ」

 そう言う山崎の顔は本当に吾川が好きだって優しさに満ちていた。

「あの、吾川は君の気持ち知ってるの?」

「さあ、知ってるかも、どっちでも良いんだ。天野は気にしてるみたいだけど、眺めてるだけでいい。片思いが好きなんだ」

「へ〜報われないのが良いの?」

「そうじゃないけど、なんだかんだって吾川を好きな自分が好きなんだ。眺めてる感じが良いな〜両思いになるとただ思ってるだけじゃ済まなくなるから、このまま波立たない湖面に漂っていたい。みたいな感じ」

「ん〜難しいな。波立たない湖面。海じゃなくて湖なんだな…文学的に。謎だな。そういうの冴ちゃんは駄目って言うかも、君の気持ち、冴ちゃんに知られないほうが良いかもね」

 山崎の気持ちを冴ちゃんは裏切りそうで、このままそっとして置いてあげたいと僕は思った。

「シン、この色良い色だと思わない。一目惚れして買っちゃった」

 冴ちゃんを見上げる。その色を何処に塗るのか、どう使うのか、理解し難いくらい珍しい色で、多分この色は自然界にない。きっと…使われないまま冴ちゃんのコレクションになって引き出しの中で眠る予感がした。

「吾川は何か買ったの?」

 と聞くと恥ずかしそうに、

「あ、これ、今描いてる空の色に良いと思って…」

 そう言って差し出した青の色が、眩しいくらい明るい色で、夏の太陽の照りつける明るい空を思い浮かべた。

 勉強のできる吾川は無口で気難しそうに感じるけど、本当は明るい正直な性格だ。なんて、勝手に思ったことが自分らしくないとうつ向いた。

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