第6話 父…阿弥陀田卜全との再会

 僕は次から次から起こる、自分では調整出来そうもない偶発的な出来事に、どうしたら良いの判らず眉間にしわを寄せて親父を睨んでいた。

「さあ、どうぞ、こちらに腰掛けて」

 そう促す園田さんの声に我に返った時には、何だか腹も決まって、こうなったら開き直ってこのまま親子としてではなく、この結婚式場に雇われたバイトとして会ってみるかと体が動いた。

「失礼します」

 社員としての当然の礼儀として頭を下げた。するとさっきまで身内の顔をしていた親父も取締役の顔になった。

 写真で見たことのあるその顔は、ほとんどその時のまま…若いんだなというのが最初の印象だった。天使は歳を取らないのか…そのまま目が離せなくなってマジマジと眺めて何かを言おうとしたその時、向こうから先輩が近づいてきた。

「あれ、今日はこっちにいたの?」

 その馴れ馴れしい口の聴き方は何?彼にとって社長とはどんな存在なのか?親子なのにこんなによそよそしい挨拶しか出来ない自分と比べて、先輩の自然な雰囲気に嫉妬さえ滲む…言葉をなくして落ち込んでいると、今度はあたふたと支配人が近づいてきて、

「しゃ、社長こちらにおみえでしたか、本部の方でトラブルが発生しまして、今情報を集めているところです。一度事務所に戻っていただけるとありがたいんですが」

「いや…」

 親父はチラッと僕の顔を見て様子をうかがった。これだけ焦らしに焦らした挙げ句の再会ともなれば気も使うらしい。僕が伏し目がちに『いいよ』とかなり身内的に反応するとホッとしたのか、

「じゃあ」

 と言って出て行った。

 あ〜こんなことがまだ続くのか〜一向に埒が明かない。一瞬顔を見ただけで今日はお仕舞。

「じゃあ、ここまでってことで、向こうでレッスンします?」

 園田さんのさりげなく思いやりのある声が届く。

「あ、はい」

「どうしたの?元気ないね」

 平気な顔を装いつつも心の中では睨みつけていた。大きく息を吸って気持ちを張る。自分より父親に馴れ馴れしい先輩が本当は許せない。

「なに?緊張してる」

 そう言われると負けず嫌いな僕は…

「いや〜それより…本間先輩、ほんとに演奏最高でした。痺れました」

 半分ふてくされた声が自分でも嫌になる。先輩に父親とのことを話しても始まらない。僕は誤魔化してそう言った。確かに本当に格好良かったし。

「しかし、裏方なんですね。あんなに素敵な演奏だったのに、真っ暗だし、ピアノの陰でまるっきり見えないし」

 僕が惜しそうにそう言うと、

「そういう仕事だから、僕はそういうの好きだから大丈夫。この仕事、実力があって器の大きい人とか向いてると思うわけ、その点僕は、かなり向いてる」

「はあ…」

 さすがだ。僕は自分で自分のことを大物だとひけらかす先輩を尊敬した。少し前の不信感も吹き飛んで、ひどく大人しくきちんとレッスンを受けた。

 園田さんも先輩も人を従わせるのが上手い。この前の面接の時の先輩。そしてまた今日のオンの姿、その姿はどれも僕の度肝を抜いて相当なインパクトを残した。

 そして、これがこの仕事の魅力みたいに僕の中に染み込んで僕は真面目にレッスンを受けるのに何に抵抗も感じなくなっていた。

 ひょっとしてとっても素敵な仕事に着けたんじゃないかと気持ちが高揚して、幸福な気持ちを感じていた。


 その後、僕は自分の家でじっくり父親と会う事になる。相変わらずそれらしい会話は無い。同じテーブルに腰掛けて、母の入れた紅茶を飲んだ。

 あんなにいつ会えるかドキドキして、父親を知らずに育った子供だからと色んなコンプレックスを感じてきたのに、会ってしまえばやはり親子だからなのか、それだけのものだった。

 なんだかんだ思ってみても時間が追い越していく。ゆっくり時間をかけてあれこれ埋めていくほど僕も気が長い方ではなかった。不幸な顔をしてそこに留まるにはそれはそれで忍耐がいる。

 それよりピアノの練習がしたかった。『自分のやることがはっきりしていればあれこれ悩む暇もないんだな』と、そう思った。

 そして、遅くなってから思い出して、パソコンを開いて『七五三』の項目に目を通した。


 次の日、学校に行くと校門にあの男が立っていた。僕はもう面倒くさくていい加減にして欲しいと嫌な顔をした。自分の食指の動かないものをあれこれいじくられるのは嫌なものだ。

 何故そこまで食い下がれるのか気持ちがわからない。僕は人間界に来てから自分がこんなに気が短いんだと繰り返し思い知らされ続けている。

 ひたすらうつ向いて、無関心を装い、目が合わないように通り過ぎようとした。なのに、奴は僕に目もくれず、ニコニコとチラシを配っていた。昨日とはまるで別人のように丁寧に頭を下げ一人一人に笑顔を振りまいて。

 そうだよ。冴ちゃんの言ってたことを思い出せば、あいつは校内で一二を争う人気者、親衛隊までいるんだから、クラブに入りたいと言うファンも本気で探せば大勢いるはずなんだ。嫌がる男に執着して無駄な時間を費やす必要なんてない。

 僕はホッとした。無罪放免になって自転車小屋まで駆け抜けた。

「おはよう!」

 清々しい気持ちで鞄を机の上に放り出すと隣の吾川がその振動で顔を上げた。

「昨日あれから、朝ヶ谷君が弓道部に顔を出して入部を決めたらしいわ。あなたは釣り損ねたわけだけど貴重な入部者が出現して弓道部も存続。良かったと思うわ」

「なんで、朝ケ谷が?」

「自分も立花先輩みたいになれたらなって…」

「へ…」

 凄い。意外だった。朝ケ谷がそんなこと思ってクラブを決めるなんて。

「それじゃあ新入部員も見つかって、クラブ存亡の危機。じゃなくなったってわけだね」

「そうね。一時的にでしょうけど…朝ケ谷くんじゃあ試合で結果が出せるかどうか…」

「よし!」

 僕はそんな吾川のつぶやきにも耳を貸さず、朝ケ谷には悪いけど本当に助かったとホッとした。とにかくあの先輩の希望には添えないから、人間世界でやりたいことも見つけたわけだし…

 授業始まりのチャイムと同時に朝ケ谷が教室に飛び込んできた。相当ぐったりした様子が気になったけど、声をかける気にもなれなくて授業の準備に忙しいような顔をした。

「おはよう!」

 僕が無視しているのに腹を立てたのか突っけんどんに朝ケ谷が言った。

「おはよう」

 僕は振り向きもせず返事だけした。なにか言いたそうな空気は流れていたけれどここは断ち切りたくて交信不能。沈黙が続きそのまま授業が始まった。

 学校は便利だ。授業というものがあって、一日の生活にメリハリがある。嫌なことがあっても放課の間我慢すれば嫌な空気が一日続くことはない。

 僕は人のことが気にならない性格だから授業が始まるとそれまでのことはすぐに忘れた。そういう僕の性格が好かれるわけはない。当たらず触らず仲良くするのは大切なことだけど、それで自分のペースを乱されるのは嫌だと周りにオーラを出しまくっている。

 天使は基本、人が良いはずなのに僕はその資質が足りない。


「阿弥陀田、多分僕をクラブに入れたのはお前を狙ってのことだと思うよ。僕をクラブに入れたって何のメリットも無いからね」

「は?」

「だろ…運動音痴なんだし、このとおり見た目も良いわけじゃない」

「何言ってんの?」

「だから、お前は良いなって話だよ」

 放課になると朝ケ谷が近づいてきた。招かれざる客は、僕に愚痴ともボヤキともとれる連続技でブチブチ言ってくる。

「何が言いたいのかイマイチ判らないんだよな。意味不明な発言はやめてくれる。学校ってそもそも人のために来るわけじゃないし、自分の人生は自分で切り開くものだよ。僕は人に流されたり、人のことに首を突っ込みすぎて自分を見失うようなまねはしないからね」

「お前…強いな。難攻不落だな」

「なんだよそれ」

 朝ケ谷はワケアリでクラブにいるらしい。僕には関係ないとハッキリ言って置く。じゃないとあいつにも迷惑だろうから。

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