第17話   疑念

 56-017

翌週、赤城係長を役立たずと罵って、自らモーリスを訪れた京極社長だが、工場拡張と引き替えで、頒布会への納入を決めると詰め寄られて承諾をしてしまった。

その話は翌日直ぐに、事務の北川碧から名新信用金庫の志水の元へ連絡が届いた。

「拡張と言っても場所無いと思うけれど?」

「隣ののぞみ保育園を買収する様だわ!」

「えっ、のぞみ保育園?」声が裏返る志水。

ここの保母が志水の本命、今中満里奈が勤めているのだ。

満里奈から情報を貰って、新規の取引先に千歳製菓を選んだ経緯もある。

満里奈にとっては通園に便利な場所にあり、園長夫妻にも可愛がられて楽しく仕事をしていた。

志水にはとても保育園の買収に手を貸す事が出来ない。


数日後、予定通り京極社長から呼び出しがあり、志水は保育園買収の資金の提供の相談を受けた。

支店に持ち帰り上司と相談しますとは答えたが、複雑な心境で支店長への報告を躊躇った。

情報を流してくれた二人の女性を裏切る状況に追い込まれた志水。

だが焦る京極社長は、志水の返事も聞かずに翌日香取支店長に直接電話を掛けて来た。

志水は支店長に問い詰められて「今の京極社長には資産が無いので報告を躊躇っていました。宮代前社長の時は個人資産も沢山お持ちで、融資には支障は無いと私も推し進めましたが・・・今は」と言葉を濁した。

「確かに京極社長には資産が無い、用地買収には会長の保証が不可欠だな!」

「は、はい!それで躊躇っていました!」

「今後は自分の中で置かずに直ぐに報告をしてくれ!採決は本店が行う!」

辛うじて誤魔化したが、今後の成り行きでは満里奈に謝らなければと思う志水。


隣ののぞみ保育園は、島村夫妻が経営をしている。都心に近く常に予約待ち状態が続いている。千歳製菓に勤務しているパートも十人以上が子供を預けていた。

朝夕は、園児の送り迎えの車と千歳製菓の入配送の車とでこの近辺は渋滞する程の混み様だ。

数日後、名新信用金庫の本社では香取支店長達が懸念した通り、会長宮代の土地の一部が担保となれば融資に応じても良いとの結論が出た。

買い主が誰だとは言わずに、五百坪程度の保育園の土地に初めて打診に行った不動産屋に島村は「今の園児さんが通える場所に今より大きな場所を確保して頂けるのなら、お譲りしても宜しいです」と答えた。

「勿論、今より立派な園舎の建設もお願い致します!」と付け加えた。

土地を売るだけには同意せずに、代替え地と園舎の建設を交換条件に出した。

仲介に入った不動産業者から「この近辺に代替え地になる場所を捜す事が先決ですね!」と言われて銀行からの融資の決定を聞く前に難題が持ち上がった。


そんな最中、酒田専務の元にJST商事の吉村課長が、ジェームスの会社から例のクレーム分析の報告書が届いたと連絡があった。

酒田専務は怖々と聞くと、「クレームの商品は故意に鼠の尻尾を短くしたクレーマー集団の犯行だと断定されました。その為千歳製菓さんには何も落度はないとの結果が出ました。お詫びに国内のアイテムをもう一品追加する事に決定致しました」と、驚く様な配慮を伝えて来たのだ。

安堵した酒田専務だったが、「ちくしょー、もう少し早ければ!」と電話が終わって悔しがった。

その時、もう一度吉村課長から電話があり「一度会ってお話したい事が有るのですが東京に近日中に出て来ませんか?」との誘いだった。

時既に遅しと思ったが、吉村課長の意味深な話し方に東京に行くと返事をした。

ついでに息子貴吉の出向先に顔を出す予定も入れて、東京に向った専務。

京極社長には、JST商事も大きな取引先なので、前回の失態から挽回して貰いたいと言われていたが、酒田専務はアイテム増の話を敢えて京極社長には報告せずに東京に向った。

東京に行ってアイテムが増えた事にすれば、面目が立つと考えていたのだ。


夜東京に到着して吉村課長に会うと、二人は飲み屋に入った「これが調査資料の一部なのですが、この部分を見て頂きたいのです」差し出された用紙に、今回クレームを出した十人程の住所が書かれていた。

「これは?名古屋の人が多いですね!」

「一部関西に在住の方も居ますが、大阪、名古屋方面の人が殆どなのです!テーマパークに来る事は考えられますが、今回の饅頭のクレームはクレーマーの偽装だった事は研究室の調査で判明しました」

「警察に届けられるのですか?」

「いいえ、その様な事は致しませんが、ジェームスの調査で今回の事件は故意に狙った犯行なのではないかと私どもは疑念を持っています。心当たりはありませんか?」

その言葉に顔色が変わる酒田専務。

「心当たりが有るのですか?」

「い、いえ!気になっただけで、饅頭には当社の名前は記載されていませんから、内部事情に詳しい者の犯行だと思うのです」

「数多くの中からこの品物を狙い撃ちですから、悪質な犯罪ですね」

吉村課長に無理を頼んで住所と名前のリストを貰って別れると、酒田専務の頭には京極社長の顔がちらついていた。

世界に向けて出荷、工業団地に新設工場と大きな話に焦った京極社長があるまじき事をしたのでは?

翌日、息子の会社に行く事は急遽中止して帰りの新幹線に乗った。昨晩からその事が頭を離れない。

名古屋に到着すると予め連絡をしていた探偵事務所に向った。

事務所の担当にリストを見せ「この中に我社の人間に関係が有る者が居るかを調べて欲しい」と詳しい内容は話さずに依頼した。

「会社の人では多すぎます、もう少し絞って頂かないと探すのに相当時間がかかりますが」

「じゃあ、経営陣の中で」

「会長、社長の関係者で宜しいですね」

酒田はそれで探して貰うことにした。

「十人程度の身元を調査する事は比較的簡単なので一週間程あれば判明すると担当の者は言った。


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