第16話   新社長誕生

 56-016

JST商事の吉村課長から酒田常務に連絡があり、クレームの出た日付に製造された三日分商品の全てが返品となり、倉庫と土産物店の在庫の全て三千箱の饅頭が回収となった。

金額にして、約四百万の損害で酒田常務の責任が問われた。

JST商事の吉村課長から今後数年間の新製品の納入は見合わせられる事が通達されたのは、八月の盆過ぎだった。

この事件で、酒田常務は社長就任を自ら辞退したため、京極専務の次期社長が九月に決定した。京極専務の企みは成功したのだった。


瑠美子に京極専務は自分が社長になったことを伝えると喜ばれたが、二人とも予想以上に外資の対応が厳しかったことに驚いていた。


社長に決まった京極専務にも九月の末になって疑念が生じた。

宮代社長が退任の挨拶を主だった取引先に電話で行っていた際、小諸物産の社長にモーリスの件の御礼話をして嘘が発覚した。

「専務!小諸物産にモーリスと玉露堂の橋渡しをして貰ったと私に報告したな!」

「はい、それが何か?」

「小諸社長に御礼の電話をしたら、あの様な会社を自分が紹介する訳無いと叱られたよ!」

「えーっ、それは、その・・・担当の赤城課長からその様な報告がございまして・・・」

「赤城課長?報告では君は自分が・・・と言ったぞ!」恥をかかされた宮代社長は京極専務の言い訳でさらに激怒した。

自分の手柄にして報告したことは事実だが、赤城課長は何故?その様な嘘の報告を私にしたのだ!一気に疑念が深まる京極専務。

営業の山下が社に戻るのを待って、密かに呼びつけるとその経緯を聞いた。

問い詰められた山下は赤城課長が、善意で小諸物産に便宜を図った事を喋ってしまった。

「何故あの様な小さな会社に課長はそこまで便宜を図ったのだ!それもモーリスを目の敵の様に言う小諸社長を助ける為に!馬鹿なのか?」

「専務!小諸物産から送料を貰うようにするのですか?」

「いや、赤城課長を降格させて送料を捻出する!」

怒った専務は翌日赤城課長を係長に降格させる辞令を発表した。

前日に山下から事情を聞いていた赤城課長は「露見してしまったのなら、仕方がない」と言うと肩を落として自宅に帰って行った。


「そんな!係長に格下げなの?給料も大きく下がるわよね!」驚く妻の妙子。

娘の美沙は友達と遊びに行って留守にしていた。

「幾ら位下がるのかな?三万くらいかなー?」

「美沙の学費とか・・・困ったわね!それにしても貴方の嘘を専務も利用していたのね」

事情を聞いて呆れる妙子。

「元は俺が悪いのだよ!」

「小諸物産って、地域の老人ホームとか介護施設に納品している会社でしょう?」

「そう、身体に良い品物を扱っている会社だ。規模が小さいので送料負担になればお客さんの負担が増えてしまうので・・・」

「美沙も言っていたじゃないの、貴方は人の為の良い嘘!専務は自分の為の悪い嘘!なのよ!」

妙子は落胆している信紀を慰めた。


彼岸団子と月見饅頭のセットの納品が完了した頃、正式に京極専務の社長就任式が行われ、会長宮代千歳、社長京極隆史、専務酒田慎吾、そして常務のポストは空白になった。社員達の間では、それぞれの息子京極晃と酒田貴吉の就任が近くなったと噂された。

今春から酒田貴吉は研究開発室に席を置いて、出向で大手の工場の研究室に修行に出ていた。

一方の京極晃は大学を卒業とともに、大手の食品会社に就職して営業マンとして働いていた。

だが、社員の全てが京極社長の息子は、三年以内には千歳製菓に入社すると思っていた。

京極の自宅でも、今の営業課長が頼りないので、晃が入社して営業課長を担って貰いたいと京極社長は事ある毎に話をしていた。

あの事件以来京極社長と赤城係長の間には隙間風が吹いている状態である。

その情報はモーリスの松永部長の耳にも届いて、息子京極晃の能力と性格、現在の仕事状況もチェックされていた。

京極晃の勤めている食品会社はモーリスとも取引があり、情報の収集は比較的簡単だった。

晃の性格は自信家で、遊び人、学生時代から複数の女子大生との交際があり、現在も三人の女性と付き合っている。

「この調査から察すると、早く千歳製菓に入社させて発言力を持たせるのが得策の様だ」

「親に似ぬ子は鬼子といいますからね!」調査書を見ながらほくそ笑む村井課長。

「瑠美子に填まっている親父と似た様な息子だ!少し傲慢な部分は親父を超えているかも知れない。それと今の担当者の赤城はトラブルで係長に降格されて、京極社長の信頼を失った様だ!揺さぶれば息子の入社が早くなるかも知れない!隣の保育園を買わせて工場拡張の段取りで進めてくれ!」

村井課長と松永部長は着々と計画を進めていた。


翌週、モーリスに呼び出された赤城係長は、頒布会の商品の納入には現在の工場ではやや小さ過ぎるので増設の予定は無いのか?と聞かれた。

赤城係長は、キャラクター商品が頓挫して工業団地の話は消えた事は知っていたので、増設も新設も予定はありませんと答えた。

すると佐伯は「頒布会の納入は諦めるのですか?玉露堂さんは既に御社との共同企画で考えていらっしゃいますよ!」

「私の一存では・・・」

「社長の京極さんに来て頂いて、今後の方針をお聞きしたいのですがお願い出来ますか?」

「は、はい」社長を呼べとは自分では話にならないと言われていることである。

益々窮地に追い込まれる赤城係長は試練の時を迎えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る