第15話  仕掛けられた陰謀

 56-015

「私はあのゆっくりと登る電車が嫌いでね、苛々するのですよ」

「専務さんはせっかちなのね、でも今夜はゆっくりお願いね!」意味深な言葉を耳元で囁かれて興奮を覚える京極専務。

「でも何だか今日の専務さん元気がないような感じですわ?」

荷物を持ってタクシーに乗り込み強羅の雪華別邸までとお願いした。

運転手が「最近新しく出来た旅館ですね!」そう言うと、箱根湯本の駅を出て行く。

両サイドには多くの土産物屋が並び、大勢の観光客が土産品や飲食を求めて歩いていた。

「平日なのに凄い人ですね」瑠美子がその様子を見て言った。

「休みの日はこの倍位の人ですよ!お客さんのいらっしゃる雪華別邸も評判の良い旅館ですよ!休日前の予約は難しい様ですよ!」

しばらくして、登山の様に車がどんどん登って行くので、車が揺れる度に瑠美子が大袈裟に京極専務にもたれかかる。

その度に嬉しそうな顔をする京極専務は、暫し後継者争いの事を忘れられたのだった。

半時間程で雪華別邸に到着すると「素敵な旅館ね!」と嬉しそうに入る瑠美子。

部屋に案内されると瑠美子が「専務さん悩み事が有るのですか?元気がないから気になって、何に悩んでいるのか教えて下さいませんか?話せば少しは気持ちが楽になるかもしれませんよ」

瑠美子の使命は、専務を社長にする為に、現在弊害になっている事を取除く事、そして自分の虜にして今後思いのままに操る事だった。

「ありがとう。実は・・・」酒田常務に負けている事を細かく話した。

「お話しくださってありがとうございます。」

そう言っていきなり京極専務に抱きついてキスをする瑠美子。

その気になった京極専務だったが、「ごめんなさい!汗臭いでしょう?大浴場に行っても良いですか?」と瑠美子は京極専務から離れた。

「部屋にも露天風呂が有るのに?!」

「お化粧も落したいので、一度大浴場に行かせて下さい」

「そ、そうか、じゃあ私も大浴場に行くとするか」

「浴衣の着替えのお手伝い致しますわ」

背広を脱がせてハンガーに吊すと、ネクタイを緩める瑠美子。

女の臭いを近くで嗅いで興奮気味の京極専務だったが、ここで焦ると恥だと我慢をする。

しばらくして、浴衣姿の京極専務と着替えを持った瑠美子が地下の大浴場に向った。

「じゃあ、また後でね。私は少し時間が掛ると思うのでビールでも飲んで待っていてね」

旅館では、風呂上がりに生ビールとソフトドリンク、軽いおつまみまで無料で準備されていた。

京極専務が大浴場に消えると、直ぐさま瑠美子は松永部長に指示を仰ぐ為に携帯で電話をした。

「何!アメリカに納入の話まで出ているのか?それは駄目だな!阻止せねば酒田常務に社長の座が奪われるぞ!」

「どの様に致しましょう?」

「十分後に電話をするので少し待ってくれ!」と電話が切れた。

瑠美子は大浴場の脱衣場で、服を脱ぎバスタオルを巻いた状態で電話を待った。

十分以上経過して漸く電話があり、製造工程に簡単な細工をするか客からクレームを出して貰う事で、取引停止にはならないまでも常務の勢いは止められると松永から教えられた。

電話が終わった瑠美子は直ぐに大浴場に飛込んだ。

京極専務を待たせすぎて、気分を害すと上手く事が運ばなくなるので、急いでお風呂を終わらせた。大浴場から湯上がり場に行くと「瑠美子さん!遅かったね!待ちくたびれて三杯も生ビールを飲んでしまったよ!」と赤い顔で穏やかに言う京極専務。

「お待たせしました!でも専務さん!私お風呂で色々考えていたのですが」

「何を?」

「専務さんが逆転する方法ですよ!」

「えっ、その様な事を心配して頂けて嬉しいですが、気を遣わないで下さい」

「駄目です!専務さんには必ず社長になって頂きたいです」

「ありがとうございます!何か飲まれますか?」

「はい!では、ビールを」

京極専務が生ビールをサーバーから入れて持ってきてくれた。

留美子は御礼を言いながら受け取り一口飲むと話し始めた。

「美味しいわ!先程の話しですけれど、アメリカのテーマパークの会社は少しの間違いでもペナルティを科すと聞きました」

「その話は聞いた事があります」

「常務の手柄を潰すことを考えると、例えば一度の生産で作る商品に小さな欠陥、例えば鼠の尻尾が少し短いとか、アヒルの嘴が歪むとか?少しの欠陥品をワンロット作るのは如何でしょう?」

「そんなことをしたら、会社の評判が落ちて大変なことになります。勿論常務の顔を潰すことになるとは思いますが・・・それに社内の検品で見つかり、出荷止めしますのでそんなのは無理です」

「それが駄目なら、お客さんにクレームを出して貰いましょう!私にお任せ下さい!」

「えっ!瑠美子さんがそこまで考えて下さるとは」

「私にはあなたが専務さんのままでは・・・必ず社長さんに」

「ありがとう」

幾ばくかの罪悪感も京極にはあったが、お客さんからのクレームなら会社の被害は少ないかも知れないと思った。

そして、瑠美子は知り合い二、三人に演技をさせると話してその計画が具体的になってきた。

食事が終わって、部屋に戻ると京極は一服しながら瑠美子に託しても良いのではと本気で考え始めた。

京極は瑠美子を誘って部屋の露天風呂に入った。

「酔いが覚めて来ました。瑠美子さんは本当に美しい!」そう言いながら、瑠美子の身体と悪知恵に埋もれる京極専務。

翌日、夕方自宅に帰った京極専務は、妻の貴代子が驚く程の上機嫌になっていた。


京極専務の元には瑠美子から近日中にクレームが発生すると連絡が入っていたので、毎日注意して酒田常務を窺っていた。

事件は六月上旬に起こった。

JST商事の吉村課長から酒田常務に連絡があって、血相を変えて会社を飛び出していった。

その様子を遠目で見ていた京極は、瑠美子に電話で「今、連絡が届いた様だ!ありがとう」と御礼を言った。

その事件は後々、千歳製菓に大きい痛手となって京極専務もダメージを受けたが、もう後戻りは出来なくなっていった。


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